第二章 神坂家 ⑦

「……神社の紋だったんだ……」


 母の面影を感じて透子は嘆息した。

 母は確かに神坂の家の人で、ちゃんとここにもいたことがあるのだ、とじんわり嬉しくなる。ほしもり神社にまつられているのは神坂のご先祖様なんだよ、と千瑛は教えてくれた。


 神坂は昔は「かみざかい」の民と自称していたという。

 人間と人ならざるモノ。その境にいる、神の子孫の境の民たちという意味で、それがいつか転じて「かみさか」を名乗るようになったのだと。


(──神坂の一族の多くが、透子ちゃんみたいに、人じゃないモノをみることができる。僕もそういう悪いモノが引き起こす怪異を解決する仕事をしているんだけど)


「今度ちゃんと説明するよ」と千瑛は笑っていた。

 ただ、「高校に通う間は何も気にせずに神社にいてくれるだけでいいのだ」と千瑛は言い、神坂の「本家」もそう思っているのだと。だから透子の生活費もろもろは、はじめ千瑛が全額出してくれると言ったがさすがに透子は固辞した。


「じゃあ、仕方ないね」


 と五万円だけ毎月引き落としてもらうことにした。

 それだって破格の待遇だと思うのだが、千瑛は「うちの神坂の家は真澄さんにも透子ちゃんにも支援ができなくて、その罪滅ぼしなんだよ」と言いくるめられてしまった。


「本家ってどんな人たちなんだろう?」


 興味は湧くが、いきなり田舎から出てきた高校生が挨拶に伺っては迷惑だろう。


「いつか、れいに行けたらいいな」


 透子は拝殿の掃除を終えて他にお手伝いすることはないかと母屋へ戻っていった。

 ちょうど佳乃は家にかかってきた電話の応対中のようだった。

 ピンポン、と玄関からわいらしい呼び出し音が鳴り、透子は一瞬迷ったが宅配便か何かなら自分でも受け取れるだろう、と顔を出した。


「──あの、こちら神坂千瑛先生のお宅ですか?」

「はい」

「私、はまひらと申します。千瑛先生はご在宅でしょうか。お約束の時間より早く来てしまったのですが」


 玄関にいたのはスーツ姿の、五十前後の男性だった。

 きれいに髪をで付けていて、黒縁のメガネ。銀行員とか公務員とか自己紹介されたらぴったりですねと頷いてしまいそうな真面目な雰囲気の人だった。

 千瑛は何時に戻る予定だったろうか、と透子が考えていると、彼の足元に、「なおーん」と長く鳴きながら三毛猫が移動する。

「小町ちゃん」


 小町は盛んに鳴いて透子に訴えかけてくる。猫の言葉はわからないので、どうしたものかと思っていると、ちょうど部活の練習から千尋が戻ってきた。


「何か御用ですか?」

「千尋くん。あの、この方千瑛さんを訪ねてこられたの」

「千尋くん! じゃあ君がまさかず先生の息子さんだね? お父上にはいつもお世話になっているんです!」


 浜平と名乗った男性の表情が明るくなり、対照的に千尋の顔が曇った。


「私の娘が神隠しにあったことについて、千瑛先生にご相談をしていたんだ。……君も何かわからないかな? 君も神坂なんだろう、だったら何か感じないだろうか」


 千尋は小町を抱き上げて、男性と距離を取ると硬い口調で男性の懇願を切り捨てた。


「俺は何もわかりません。何も見えないので」


 電話を終えた佳乃が慌てて玄関まで小走りにやってきて、浜平を客間に通すと千尋に財布を押し付けた。


「私がお相手するから、二人でお菓子を買ってきて頂戴。あづまあんさんでね」

「……わかった」

「透子ちゃんも一緒に」

「あ、はい」


 追い出されるみたいにして背中を押される。

 透子は足早に歩く千尋を追いかけた。

 小町を抱えたまま千尋は石段を降りていき、ついてきた透子を振り返った。


「俺一人で大丈夫だけど。結構あづま庵遠いぞ。歩いて三十分ないくらい」

「街を探検してみたいし、ついて行ってもいい?」


 いいよ、と千尋がうなずき、小町がニャーと鳴いて賛同してくれる。

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