第二章 神坂家 ⑥

 佳乃が作ってくれた朝食は水菜のおひたしと卵焼き、みそ汁とご飯だった。

 ご飯は梅干しとささみの炊き込みご飯で、ほかほかのご飯の上にネギが散らしてある。甘じょっぱくて、美味おいしい味だ。

 朝食を食べ終わると千瑛は「はい」と透子に四角い箱を渡してくれた。箱をあけて出てきた携帯端末に透子は目を丸くした。


「え! これって……」


 今まで携帯端末を持ったことがなかったのでびっくりした。


「高校生なら必要でしょ?」

「でも、お金……」

「大丈夫。格安スマホだし、ギガ数少ないから。高校生なら持っていた方が便利だし、僕も安心だからね」


 透子はうなずいた。ちょっとうれしい。

 千瑛はいくつかのアプリをダウンロードしてくれて、いつの間に聞いていたのかすみれのアドレスも登録してくれた。意外にも電子端末を使いこなしている佳乃から、透子は色々と教わることになった。娘さんとお孫さんとやりとりをするらしい。


「若いからすぐに覚えると思うわ。あ、おばちゃんのアドレスもいれたげるね」

「ありがとうございます」

「お礼は言わんでよろし。──学校帰りにお使い頼みたいだけやから」


 冗談めかしていわれて、透子はうふふ、と笑った。

 佳乃は祖母より二十歳以上年下だが祖母とのやりとりを思い出して嬉しい。


「千瑛君とちーちゃんが帰ってくるまでに、お部屋の模様替えしようか」


 と佳乃に言われて二人でこまごまとした物を買いに行く。──車窓から海が見えて、透子は物珍しさに目を細めた。暮らしていたのは福岡の南だったから大きな川はあっても海は珍しい。


「もう少しはやく来たら、みんなで海水浴もいけたのにねえ」


 それはちょっと恥ずかしいです、と透子は首を横に振った。今日は千瑛も千尋も二人とも家にいない。千瑛は仕事だし、千尋は夏休みの平日は、野球部の練習で忙しいのだ。


「千尋くんが中学に上がる頃に、千瑛くんと一緒に暮らしはじめたんやけどねえ、その頃は二人とも家事能力が皆無で。あんまり心配やから一緒に住むようにしたのよ」


 佳乃の旧姓も神坂で、二人とは遠縁。ちょうど子育てもひと段落して仕事をやめてぶらぶらしていた、というのは本人談だが、二人の世話役として一緒に住み込むことになったのだという。


「寮母さんみたいなものかしらね。ちゃんとバイト代ももらっているのよ」


 佳乃は朗らかに笑った。

 佳乃さんは平日神社にいて、土日は娘さん夫婦のいる麓のおうちに帰っているらしい。


「そうなんですね」


 心細さをにじませてしまった透子に、佳乃は明るく笑った。


「透子ちゃんが来たから、しばらくはずっといますよ。安心してちょうだい」

「……はい、安心です。ごめ……じゃなくて、ありがとうございます」


 千尋の指摘を思い出しながら透子がいいなおすと、佳乃は、あら? と何か気付いた風だったがそれ以上は何も言わずに、「神坂の家の御当番」についていろいろと教えてくれた。

 千瑛も千尋もこの家で暮らし始める四年前までは全く家事ができなかったので、彼らを鍛えるべく掃除、洗濯、炊事と細かく当番が決まっているらしい。


「お洗濯だけは男女でわけようね」


 ほほまれて、透子はお願いします、と頭を下げた。

 当番の「掃除」の中には神社の清掃もふくまれていて、「せっかくだから」と透子は拝殿の掃除を申し出てみた。

 今日は何もすることがないのだし。


 床板の端から端までせっせと雑巾がけを終える頃には正午を過ぎていた。

 小休止して拝殿の中をあれこれ観察してみる。神社の中にはいるのは、透子は初めてだ。


「神社の鏡って、やっぱり人が映らないようになっているのね」


 変な事に感心しつつ透子は、あ、と声をあげた。肩にかけていたポシェットから母の形見になってしまった小さな手鏡をとりだす。


 手鏡の裏面にはとがった葉が二枚折り重なった紋章が刻印されているのだが、拝殿の鏡にも同じ紋章がある。

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