第二章 神坂家 ②

「この家、昔は……っていうか神社も二年前までは専門のがいたんだ。今は正月とか行事の時くらいしか稼働してないけど。だから下宿する人用にいろいろそろっている。基本的にご飯も一緒に食べると思うし、風呂も俺らと同じ湯使う──嫌な時はこっちを使って。トイレは下のリビングの隣」

「はい、ありがとうございます!」


 千尋は喜ぶ透子にちょっと微妙な顔をした。


「神棚の上だけど、気にしない?」

「ひょっとして何か出るんですか?」

「家の中には出ない。そういうものの上の部屋って普通の人は嫌がるかなって」


 家の中は、という物言いに多少ひっかかりながら……透子はさきほどの毛玉を思い出した。石階段のあたりには、ああいったものが、よく出るのだろうか?

 そして千尋にも毛玉は見えていたのだろうか。


「荷物、ここに置いていい?」

「あっ、荷物を持たせたままでごめんなさい」


 ボストンバッグを背負ったままだった千尋に慌てて謝ると、千尋は奇妙な顔をしながら入り口の横にバッグを置いた。


「それ、癖?」

「え?」

「……いや、なんでもない」


 なんだろう、と透子が首をかしげた時、「なぉん……」という小さな声が扉からしはじめた。

 どちらかと言えば今まで無表情だった千尋少年は声の主を認めて、ふ、と表情をやわらげた。綺麗な顔をした少年の甘い表情に、透子はちょっとれてしまった。


「……さっき言ったの、うそ

「うそ?」

「なんも出ないって言ったのが、噓。こいつが出る」


 千尋はちょっとぽっちゃりとした三毛猫を抱き上げると両手で大切そうに抱いて、ふくふくとした耳と耳の間に顎をうずめるようにして抱きしめた。

 気持ちよさげにひくひくとひげを震わせて、「なぉん」と三毛猫が鳴く。


「猫ちゃんを、飼っているんですか?」

「うん。まちって名前なんだ。芦屋さんは猫って平気?」

「すごく好きです。飼っていたことはないけど」

「じゃあ、こいつが扉の前で鳴いていたら部屋にいれてやって。この部屋を自分のすみだと思っているから」


 三毛猫の小町は、透子が来ることで部屋を奪われてしまったらしい。ごめんね、と手を伸ばすと、三毛猫は不機嫌そうにシャアーと毛を逆立てて威嚇する。

 触れるのを拒否されたので透子はがっかりした。


「こいつ、人見知りだから。すぐなれるよ」


 千尋はこっち、と再び階段から降りて猫を抱えたまま透子に家の中を案内してくれた。台所の奥には広いリビングと水回りがあり、さらに奥には二間続きの書斎と和室があって、そこが主に千瑛の居室なのだと言う。

 リビングから階段で続く二階には二部屋あって、そのうちの一部屋が千尋の部屋らしい。


 案内が終わると、ちょうど「お素麵できたわよ」と佳乃が声をかけてくれた。透子は慌てて部屋に戻ってボストンバッグの中にしまっていたお土産を出した。


「あ、あの遅くなってすいませんでした。あらためましてお世話になります」

「まあ、まあ! ご丁寧に! おようかん、あとで、皆でいただきましょうねえ」


 佳乃は笑顔で受け取って棚に保管している。

 喜んでもらえたようなので、透子は一応、ほっとした。

 隣にいた千尋が、低い声で聞いた。


「千瑛のやつ、俺の事を芦屋さんになんて説明していたの?」

「……その。ちひろちゃん、っていう同い年の子がいる、って……」


 千尋はチッと舌打ちをした。


「だと思った! 俺が男ってことを意図的に黙っていやがったな、あいつ」

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