第二章 神坂家 ①

 まさか「ちひろちゃん」が女の子じゃなくて男の子だとは思わなかった。


「ちひろちゃん、じゃなくて……えっ……同い年の……女の子……あっ、ごめんなさい、私、本当に勘違いして……っ」

「あのヤロ……。男です。ごめんな。とりあえず暑いし家の中にどうぞ」


 ぜんとするとうひろが促す。我に返った透子は慌てて彼の後を追う。


「ただいま、よしさん」


 千尋が礼儀正しく呼びかけるといかにも和風美人と言った風情の五十前後の着物姿の女性が顔を出してくれた。

 透子は頭を下げる。

 彼女とはかんざかあきがつないでくれた通話アプリで、一度挨拶をしたことがあった。


「あの、初めまして。あし透子です。」

「──わあ、透子ちゃんいらっしゃい!」


 明るく出迎えてくれて、透子はほっと息を吐いた。


「近くで見ると、ますますお母さんにそっくりねえ。ようこそいらっしゃいました。荷物はどこ? あ、ちーちゃん持ってきてくれたのね?」

「ちーちゃんって呼ぶの、やめてって」


 タクシーの運転手さんと言い、この爽やかな男の子は「ちゃん」付けされやすいらしい。

 千尋が渋面になり、佳乃さんと呼ばれた上品な女性は「しまった」と口元に指を添えた。二人がどういう関係なのかわからないがどうも親子ではなさそうだ。


「ごめんねえ、千瑛くんが仕事でお迎えにいけなくて。でも千尋くんと合流できてよかったわ。あ、透子ちゃん、お昼ご飯食べた?」

「まだです」

「よかった。今からおそうめんでるところやし、千尋くん、透子ちゃんにうちの中案内してあげて」

「え、俺?」

「あなた以外にいないでしょう、ほら、早く」


 促されて、千尋は小さくため息をついたが大人しく従った。

 神坂家は、外見は古い家だったが中に入るとリフォームがされているのか意外なほどに真新しかった。小上がりになった玄関で靴を脱ぐと正面に広いしきがある。

 祖母と住んでいた家の三倍はありそうな広さだ。


 右手には神棚をまつった部屋があり、部屋の上にかかるように梯子はしご状の階段がある。

 左手には廊下があって、その奥は台所があるのか、佳乃は後でね、と廊下の向こうに消えていった。千尋と取り残されて透子が困っていると、くるりと振り返った千尋が、持っていたショルダーバッグから何かを取り出して透子の眼前で揺らす。


「これ、鍵」

「……え?」


 猫のキーホルダーにつけられた二つの鍵を渡されて透子は戸惑う。


「千瑛に『芦屋くん』が来たら渡すように言われていたんだ。大きいのが家の鍵で、ちっちゃい方が、部屋の鍵」


 千尋が階段の上を指差す。

 少し急こう配な階段を上ると、幅一メートルくらいの廊下があって突き当たりに扉があった。促されるまま解錠して部屋に足を踏み入れ、透子は「わあ」と感嘆した。


「芦屋さんの部屋」

「ここ、私の部屋にしていいんです、か? 広い……! すごい……」

「普通じゃない? 八畳くらいだし」


 外観が日本家屋だからてっきり畳の部屋だろうと予測していたのに、シンプルな長方形の部屋は白い壁紙と柔らかな木目のフローリング床に囲まれた洋風仕様だった。

 南向きの壁には四面の窓があって、窓からのぞけば石階段の向こう側の街までが一望出来る。SNS映えとかもしない、と千尋は言っていたけれどそんなことはない。

 控えめに言って絶景だ。


 しかも部屋には驚くことにミニキッチンと、洗面台、シャワールームまで付属していた。

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