第一章 いらない子 ⑩

 地元では透子はあまり周囲になじめなかった。人ならざるモノや、霊を見る力を持っていることが中学校時代のとある事件をキッカケにして周囲にばれてから、透子は常に同級生から距離を置かれた。


 ──透子ちゃんは、怖い。いつも「変なモノ」を見ている。

 ──あの子、霊が見えるってうそをつくんでしょう?


 そううわさされ遠巻きにされた。

 いじめられてこそいなかったが、それまで親しかった友人たちはあからさまに距離を置いた。ここではそういう事がないといいけれど、と思う。

 神坂はこの町の人達は『そういう力』を持った人間に慣れっこだから気にすることなんてないと言うが。


 透子はちらり、と石階段の脇を見た。青白く光った小さなまりのような毛玉が二、三個。こっちを窺っているので、ゾッとして目をらした。


 ──間違いない。生きていないもの。霊だ。

 ──危ないものではないようだけど、死んだ小動物の霊のような気がする。


(……ミエルノ? コノコ、ミエテルノ?)

(ミエテルカモ……ツイテイッテミル?)

(……アレ? シセンガソレタヨ……ミエテナイノカナア)


 透子にヒトならざるモノがえると言ってもただそれだけなのだ。

 何か期待されても何もできないし、ただ困る。

 毛玉たちを視えていないフリをしてやりすごし、ボストンバッグを抱えて黙々と階段を上って……透子は息を切らして立ち止まった。


「……やっぱり、階段、長いな」


 ハアハアと息があがって手の甲で額に浮いた汗を拭う。

 階段はまだあと半分ある。少し休んでから再開しよう。


(トマッチャッタ)

(ニモツガ、オモインジャナイ?)

(テツダッテアゲル?)


 毛玉たちが相談し始めたのを、透子は気づかれないようにちらりと見た。

 ふわふわとした青白い毛玉は可愛いけれど霊は心を許した途端に襲い掛かってくることがある。襲い掛かってくる霊から泣きながら逃げたことが過去に何度もあるのだ。


「頂上まで遠い……」


 不安を思わず漏らした透子の背後から、足音が聞こえてきた。


「どこに行くつもりですか?」


 いきなりかけられた声に驚いて振り返ると、二十段ほど下に白い半袖シャツと黒いハーフパンツといういでたちの少年が立っていた。

 背は高いけれど、表情はまだあどけなさが残る少年は黒いショルダーバッグを斜めがけにして姿勢よくまっすぐにこちらを見ている。染めてはいないようだが色素が薄いのか髪の毛は少し茶色味が強い。

 少年の、離れていてもわかる強い視線に透子は少し気後れした。


「ここの上には寂れた神社と民家しかないし、観光地じゃない。どこへ行くの?」


 戸惑う透子に構わないのか、気付かないのか。

 少年は足取りも軽やかに透子に並んできて、再度質問した。


「上に行ってもろくなものは見えない。SNS映えとかもしないよ」


 どうやら少年は透子を、観光客と勘違いしているらしい。

 ふらふらとしながらボストンバッグを抱える透子を怪しんで、声をかけてきたのだろう。


 少年の目つきは鋭いけれど、涼し気という形容詞がぴったりで怖い感じではない。

 祖母が生きていたら「さすが都会の子はアイドルみたいにかっこいいね」と騒ぎそうな、爽やかな容貌の男の子だった。


「ち、違います。観光じゃなくて」

「観光じゃない?」


 少年が眉根を寄せる。視線の強さにたじろぎそうになったけれど、透子は腹に力を込めて、言った。後ろには毛玉がひょこひょことついてきて、にぎやかになっている。


(ア! アタラシイコ!)

(ネエミエテル? アソンデアソンデー)


 足元に絡みつこうとする毛玉をさりげない風を装ってよけながら、透子はうなずいた。


「この石段の上の神坂さんのおうちに用事があるんです」

「神坂の家? なんで」


 少年は意外そうに目をみはった。


 神坂の家、というからにはこの家のあるじと知り合いなのかもしれない。


「その荷物なに?」


 なんとなくされて、透子は一歩下がる。


「全財産……みたいな」

「全……財産? なんでそんなものを持ち歩いているの? しかも初対面の人間にそんなことは、明かさない方がいいと思うけど……」


 確かにそうだ。

 反省して縮こまった透子を少年があきれたように見るので、慌てて言い訳する。


「お金とかが入っているわけではないんです。私以外の人には価値がないものだから……」


 透子はもごもごと言い訳した。

「きょ、今日から神坂さんのおうちでご厄介になるんです。だから……その」

「ゴヤッカイ?」


 古めかしい言い回しだったからか、少年にはピンとこなかったらしい。

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