第一章 いらない子 ⑧
おそるおそる、口にする。
「私は、霊は見たことがあります。なんだか姿がおかしい動物も。それが、妖怪とか鬼なんでしょうか? そして、その……、お母さんのおうちの人たちは、皆さん、私と同じように見えるんですか?」
矢継ぎ早の質問にも、神坂は嫌な顔ひとつせずに答えてくれる。
「全員じゃないけど大体、ね。一族でも全く見えない人もいる。ただ神坂家は代々、神社を管理する家系で──昔から怪異を扱う仕事をしている。拝み屋、霊退治、
神坂は微笑んだ。
「ただ、それだけだと食べていけないからね。明治時代に商才のあったご先祖様が事業を興して……今に至っています」
神坂家は商社や不動産を扱う会社、通信会社なども経営しているらしい。挙げられた会社名の中には透子でも名前を知っているものもあった。
透子は知らなかったけれど、透子の母親の実家は裕福な一族だったみたいだ。
そういえば、神坂のスーツもいかにも高価そうな気がする。
「現代では、だんだんと一族の力も弱くなって、一族でも透子さんみたいにはっきり見える人は貴重なんだ。だから君は神坂の家で歓迎されると思う。来てみる気はない?」
透子が答えに窮していると、隣のすみれが「あの」と口をはさんだ。
「先日、ご自宅までお訪ねして、神坂さんがしっかりとした家の方だとはわかっています。透子が安心して高校に通える環境を整えてくださるおつもりなのも、信じています」
けれど、とすみれは神坂をまっすぐに見つめた。
「先日も言いましたが、私はこの子に危ない仕事をさせたいわけではありません。祖母もそう願っていたはずです」
神坂が頷いた。
「もちろん高校生活が第一ですし、高校を卒業するまで何もしなくて大丈夫です。大学にも進学してほしいと思っています。ただ、選択肢のひとつにうちの家業のこともいれてくれたら嬉しいなという程度です」
神坂は言葉を切った。
「何より……、神坂の本家も今まで透子さんに援助が出来なかったのを心苦しく感じてきました。透子さんのお母さんと、本家は懇意でしたから」
「……そうですか」
「芦屋家のお祖母様が、神坂家を快く思っていなかったのも存じています。けれど、今回、お祖母様が僕の事を思い出してくれたのはご縁があったからだと思っていますよ」
すみれは神坂と透子を見比べ、自分で決めたらいいよと勧めた。
神坂がにこりと微笑んで、透子に話しかける。
「お母さんが育った街を見に来ない? 君と同い年の親戚もいるし、そんなに悪い場所ではないと思うよ──君も小さいころ一度だけ来たことがあるんだ。覚えていないかな? 長い石の階段がある……」
「石の、階段……。長い……」
脳裏でぶわ、っと風が吹いた。
記憶の中で母が笑う。
──透子ちゃん。透子。
──お母さんのとこまで、これる?
──だいじょうぶ、とおこ、ちゃんと歩けるよ。
……きっと、透子はそこに行ったことがある。母と一緒に。
「……ます」
「え?」
透子は顔をあげた。
神坂のような、ひいては透子のような力を持つ人がいるところ。
そこに行けば透子は変われるかもしれない。いらない子ではなくて、ちゃんと自分の価値を自分で認められるようになるかもしれない──。
どきどきと高鳴る鼓動を抑えながら、神坂の顔をみてきっぱりと言い切る。
「私、行きます。──神坂の家に。お母さんのいたところに。そう、させてください」
勢いよく言ってしまってから神坂の表情を
きれいな目をした青年は、にかっと笑うと「嬉しいよ」と透子に手を差し出した。
「どうぞよろしく」
差し出された手を、透子はしっかりと握り返した。
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