第一章 いらない子 ⑦

 透子が戸惑いながらも玄関にたどり着くと、二十代後半くらいの青年が立っていた。

 喪服で、濃い色のサングラスをかけているのでちょっとマフィアの人みたいだ。

 すみれが頭を下げるとスーツ姿の男性も同じように頭を下げた。


「すいません、目がしに弱くて。いつもサングラスをしているんです」


 言いながら青年はサングラスを外すと胸ポケットに入れる。色素の薄いみどり混じりの薄茶の瞳がひどく印象的だ。

「俳優をしています」と言われても信じてしまいそうな位、整った顔立ちの青年だった。


 ただ、違和感があるのは──


「写真ではみていたけど本当にお母さんにそっくりだな。芦屋透子さんはじめまして。神坂あきです。透子さんのお母さんのすみさんとは、はとこにあたります」


 神坂が握手のために差し出した手を、透子は戸惑って握り返せなかった。

 彼は苦笑すると、さりげなく手を引っ込めてすみれに笑いかける。


 透子は神坂の肩のあたりを凝視した。青白い光をはなつ烏のような大きな鳥が、スーツには不似合いにとまっている。

 ばたばたと鳥が羽ばたいたので、透子はびくり、とおびえて再び鳥を見た。


 透子の様子に気付いたのか、神坂はなぜか一瞬うれしそうな顔をしてから、何かをごまかすようにせきばらいをした。


「変なもの見せちゃってごめんね、透子さん。君が本当に見えるのか、知りたかったんだ。今、しまうから」


 神坂が指をぱちんと鳴らすと、鳥は一枚の青白い羽根になって宙を舞った。

 すみれが、「……羽根? どこから?」ときょとんとしている。

 その羽根を胸ポケットに入れた神坂は、人懐こい笑顔を透子に向けた。


「ああ、悪いことはしないんだけど気味が悪かった?」


 透子はぶんぶん、と首を横に振った。

 中に招き入れると神坂は「まずはご挨拶を」とすみれと透子に断って仏壇に供物と線香をあげてくれる。

 正座のまま向きを変え、神坂は二人に丁寧に頭を下げた。


「このたびは、ご愁傷様でした」

「恐れ入ります」


 透子とすみれは同じタイミングで会釈する。それがおかしかったらしく神坂青年は軽く笑い、透子に切り出した。


「単刀直入に聞くけれど……透子さんは僕と一緒に神坂の家に来る気はない?」

「家に、ですか……」


 透子はどうしたらいいのだろう、と視線を泳がせた。


 ──この家にはいたくない。祖母が亡くなった今、透子には居場所がない。けれど……。戸惑う透子に、神坂はなおもほほんで、胸ポケットから白いハンカチを出した。何をするのかといぶかしむ間もなく、白い布は小鳥になって、彼の指に乗った。

 ぽかん、と透子は口をあけた。また! さっきと同じように神坂が鳥を──今度は文鳥サイズの鳥を出して指に乗せている。

 神坂がふっ、と息を吹きかけるとすみれが、あっと声をあげた。


「と、鳥……!? どこから? 窓も開いてないのに」


 にこり、と神坂が笑う。


「──お二人にはなじみがない言葉だと思いますが、僕は、人には見えないモノを見て、ついでに自分のけんぞく、ええっと、手下にして従えることができます。僕たちはしきがみと呼んでいるんだけど」


 神坂は指で空中に「式神」と書く。

 心なしか誇らしげに、小さな鳥は「ぴ」と鳴いた。


「さっきまで、僕は透子さんにしか見えないようにこの式神を調節していました。でも、今、また調節したからすみれさんにも見える、とそういうわけです」

「……私にも見えるように?」

「はい。たとえば周波数でも2・4ギガヘルツは遠方まで届くけれども電波干渉が発生しやすいですよね。けれど5ギガヘルツは他と干渉しづらいけれど届く範囲は限られる」


 神坂が、Wi–Fiを例にして説明してくれる。

 透子にはちんぷんかんぷんだったが、理系のすみれは納得したらしく、軽く、うなずいた。


「……そうか。私は2・4ギガヘルツの周波数にしか干渉できないけれど、透子や神坂さんはどちらにも干渉できる、だから透子には色々なモノが見えていた、とそういうこと……だったんですね!」

「その通りです!」


 説明が通じた嬉しさからか、神坂がにこっと微笑んだ。

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