第一章 いらない子 ④



 翌日、透子の高校は終業式だった。


 昼過ぎには今は透子しか住んでいない祖母の家に帰って掃除をし、一人分の夕食をつくる。夕方になって、透子はタンスの奥から貯金通帳を引っ張り出すと、けいせんの上に印字された数字を追った。

 多分、数日のうちには透子は慣れ親しんだ家から追い出される。

 祖母が多くはない年金の中から少しずつめてくれていた透子名義の貯金だ。


 三百万弱という数字が果たして一人暮らしをしながら高校卒業まで約一年半通える金額なのか、透子にはわからない。

 他に財産と言えば、本や、母が持っていた手鏡。

 部屋中の私物をかき集めても、集め終えてしまえば己の大事なものは妙に少なくて、透子は荷物を詰め込みながら一人声を殺して泣いた。

 そもそも、一人暮らしをしながら高校に通うことを高校は許してくれるのだろうか。


 夜まで鬱々と考え込んで資金のことも含めて担任に相談してみようと決めて、仏壇に手を合わせてからリビングに戻り、透子は見慣れぬ人影に悲鳴をあげそうになった。


 ──従兄の圭一がリビングに我が物顔で座って、缶ビールを片手に濁った目でこちらを窺っていたからだ。距離を取りながら、透子は従兄に尋ねた。


「圭一さん、なにか御用ですか」

「透子どうしてるかなーって。俺も保護者だしさあ、気にしてあげなくちゃなあ」


 圭一は市役所で働く伯母の自慢の息子だ。

 爽やかな外見だし地元の国立大学出身で学歴もある。だが、透子は伯母の目を盗んではいやらしい目つきで絡んでくるこの従兄がどうにも好きになれなかった。


「透子ぉ、オマエ、これからどうすんの?」

「圭一さんにはご迷惑かけません。だいたい、いつの間に家に入ってきたんですか」

「いつの間にって、ひどいなあ。ここは俺の家だし、そもそも家族なんだし。わいい顔して祖母ちゃんみたいにうるさいこというなよ。母さんに働けとか言われたんだろ? ひどいよなあ。ここにいればいいよ、なんなら俺が一緒に住んでやろうか?」


 頭をでられそうになってあまりの気持ち悪さに透子はさっと身を引いた。


「おい、なんだその態度!」


 二の腕をつかまれてすごまれたのを睨み返す。

 これ以上何かするなら金切り声をあげて刺し違えてやる、と透子が覚悟を決めた時──


「未成年相手に何をやっているの、クソ兄貴。信じられない。あんたと血がつながっているとか、人生最大の不幸だわ」


 スマートフォンのシャッター音とともに、冷たい声が割り込んできた。


「すみれ! お、おまえ、今……なに撮った!」


 圭一が狼狽うろたえた。


「犯行現場の写真と動画を証拠として保管している」


 圭一の背後にいたのは、従姉いとこのすみれだった。

 すみれは兄の圭一よりもいくらか背が高い。そしてそれを圭一がコンプレックスに思っていることを透子は知っていた。すみれはろうばいする兄を見下ろして兄のでんを蹴り上げた。


「イッテェ! テメっ! すみれっ! 犯行って、な、なに人聞き悪いことを言ってやがる。そもそもお前、今日は大学に泊まりじゃなかったのかよ!」

「透子をひとりにしたくなくて、帰って来たの。ごめんねお兄様」


 すみれは、今度は兄のスネを蹴った。


「痛っ! 何をしやがる」

「それはこっちの台詞せりふ。さっさとここから出ていかんね、酔っぱらい。これ以上ここにとどまるんなら、あんたの消費者金融への借金、圭ちゃん大好きなママに全部ばらすよ」

「……ばっ」

「それとも匿名で警察に通報するべき? 市役所におつとめの圭一君はぁ、未成年の従妹に痴漢する最低な性犯罪者です、って。なんならご近所様にいまの写真を添付して回覧板まわしてやってもいい。もしくはあんたの職場にいる私の友達におまえの悪行全部ばらして明日から出勤できなくしてあげようか? どれがいいか選んでよ、兄貴。──もしくは全部実行してあげようか?」

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