第一章 いらない子 ③

 要らぬ注目を集めたのは伯母の本意ではなかったらしい。


「ほんとうに気味が悪い子!」


 吐き捨てると、伯母は夫と息子を引き連れてさっさと駐車場へと向かってしまう。

 透子の足はすくんだ。己の死を自覚できていない男性の横を、息を止めて通り過ぎればいい。……それだけ、なのに一歩が動かない。


「透子、車に行くよ」

 従姉のすみれが短く促した。震えてうなずくと黙ってすみれが手を差し出した。


「……目の前にいるの?」


 透子は頷く。


「……隣の部屋に飾ってあった、遺影の人だと思う」

「そっか。じゃあ目を閉じていていいよ。車のとこまで引っ張るから」


 うん、と透子は従姉の手を取った。


(──見えますかあ)


 間延びした声がまだ後ろから聞こえたけれども、心苦しい思いで無視をして、すみれの先導で車にたどり着く。


 我関せずと伯父は三列シートの二列目で目を閉じて家族と透子から意識をらし、その横で伯母は苦々しげに透子をにらむ。

 圭一は三列目に悠々と座って運転席にはすみれが、助手席には透子が乗りこんだ。


「後ろは大丈夫?」


 さりげなく、すみれが確認してくれる。

 車が来ているかという確認に聞こえるが、男性の霊がついてきていないか、という意味と透子にだけはわかる。


「……うん、大丈夫」


 透子が答えると、すみれはゆっくりと車を発進させた。

 伯母が冷たい声を出した。


「今日みたいに学校でも騒いだりしていないでしょうね? 透子ちゃんのことで変なうわさが立つのは、もうっ、うんざり! 注目を集めたいのか知らないけど、法螺ほらもいい加減にしてちょうだい!」

「……ごめんなさい」


 今日、伯母に謝るのは何度目だろう。本当は祖母を悼む日なのに。


 透子には、──先ほどのように、亡くなった人が見える。

 おそらく、無念な死に方をしただろう人ほど、はっきりとした形で見えてしまう。

 亡くなった人だけでなく明らかに普通でない存在も目にしてしまう。目が多い鳥や、口が大きく裂けた犬に似たモノ、ぶよぶよとした肉の塊に大きな目がついた──化け物。


 透子にとっては当たり前のように周囲にいるそれらが、普通の人には見えてはいけないモノだと知ったのは、母を亡くし父親と二人で九州に越して来てからだった。

 父母はいつでも怖がる透子を抱きしめて「大丈夫だよ」と言ってくれていたから、透子は自身が異端だと気づくのが遅かったのだ。


 何気なく窓ガラスの向こうに目をやると、つ目の烏と目があってしまい、透子はひゅっと息を吞む。異形のモノたちは「お前には自分が見えるのか」と問いたげな視線で透子をいつも監視している。


 私には見えない。何も見えない。


 ──人ならざるモノを、みてはいけない。

 ──みなければ、そこにないのと一緒だから。


 それともやはり透子は「おかしな子」で、本当は──何も存在しないのだろうか。


「恥をかくのは伯母ちゃんたちなんやからっ! 本当にやめて」

「……もう、そこまででいいじゃないか。今日は義母かあさんの法要なんだし……」


 伯母の隣に座った伯父が妻をなだめ、すみれがさりげなくラジオのスイッチを入れる。


『皆さま! こんにちは。テンジン明太めんたい情報局! 今日は……夏にぴったり、怪異スポットの情報で……』


 すみれがしまった、という表情を浮かべて慌てて番組を変える。

 夏は霊や怪異に関する噂話がメディアに頻繁にとりあげられる季節だ。いわゆる「普通の」人たちには心霊現象などはありえないことだから、無邪気に楽しむことができるのだ。ラジオは歌番組が流れてきている。白々とした車内に流れる場違いに明るい女性グループの歌声を聞きながら、透子は心の中で祖母を呼ぶ。

 伯母はきっと透子を許容しない。きっと追い出される。


 ──お祖母ばあちゃん。


 こぼれそうな涙をこらえるために目を閉じる。誰ひとり口をきかない車内で不自然に明るいパーソナリティーの声だけがむなしく響く。


 ──私、これから、どうしたらいい?


 透子はまぶたを硬く閉じて助手席に深く身を沈めた。

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