第2話 ジェイムズ神官
「って、ロベリアの呪いに強い神官さんってジェイムズさんのこと?あの人なら今、往診があるとか言ってジャイラ村の方にいるらしいわよ」
「なんじゃと!」
なんだって!最悪なことにジャイラ村はエイシャ村から見てロベリアの正反対の方向にある。トマスさんの魔力だってそんなに多くないし、いくら父さんが早馬に乗っているからといっても、ロベリアまで往復した後にジャイラに行くのは時間がかかりすぎる。それに馬がつぶれてしまう。
母さんは足が悪いし、神官のトマスさんにジャイラ村まで行ってもらうのは論外だ。ってなるともう俺が行くしか、、、
「っ!!」
「ルカス!待ちなさい!」
母さんの制止を振り切り、俺はジャイラ村に向かって走り出した。あの時もっと早く俺がレイナを止めていたら、レイナは呪われずに済んだはずなんだ。だから、これは俺の責任だ。俺が解決しなくちゃいけない。ロベリアと違ってジャイラ村なら俺も行ったことがあるし、距離もそんなに離れていない。俺の足でも急げば数時間で着くはずだ。
あまり整備されていないがたがたの道を走る。流石にずっと走り続けることはできないので歩きと走りを交互に繰り返して進む。既にエイシャ村は見えないところまで来ている。この道を一人で通るのは初めてだからか不安が心の中で鎌首をもたげる。だが、そんなことを気にしている場合ではない。急がなければ妹のレイナの命が危ないからだ。
道が川沿いになった。川では狐の子ぎつねたちが水浴びをしていた。今はそんな光景さえうらやましい。あの狐の子供は呪いになんて侵されていないのだから。
道を進むうちにいつの間にか川から離れていた。川を流れる水の音が唯一の癒しとなっていたのに、もうそれすら無い。まだ、レイナは無事なのだろうか。無事でいてほしい。
道の両脇に茂みが多くなった。ここは多分、まだジャイラ村から距離があるはずだ。ということは魔物がいつ現れてもおかしくない。既に日も落ちてきている。体力も底が見えてきた。
太陽が隠れ、夜が訪れた。そろそろジャイラ村が近いはずだが、まだ見えてこない。星や月明かりのおかげで足元が見えるが、曇りだったらと思うとぞっとするほどの暗闇だ。
「はっ、はっ、はっ、はっ、」
規則的な呼吸で体力の消耗を最低限に抑えて走る。父さんはもうロベリアから帰ってきたかな。エイシャ村からロベリアまではジャイラ村までの距離よりもずっと遠い。もしかしたら早馬でもまだ帰っていないかもしれない。
考え事をしながら走っていたその時、前方の茂みが音を立てて揺れた。魔物かもしれない。そう考えた俺は足を止め、<魔血武具>で己の血液から赤黒い手斧を創り出す。ずっと走り続けていたために震える足で立ち、茂みを睨む。
「ぐるるるるるるるるるぅ、、、」
低いうなり声をあげながら一匹の狼が10mほど先の茂みからゆっくりと出てくる。よほど腹が減っているのか歯の隙間から涎が垂れている。俺がガキだから油断していそうだが、その目は俺の手に握られた手斧を見ていた。こいつ、武器を警戒するだけの知能がある。
俺は上着を脱いで左腕に巻き付け即席の防具とし、右半身を引いて左腕を盾のように構えた。右手に持った手斧を高く振りかざす。
「いつでも来いよ、、、頭カチ割ってやる」
数瞬経ち、しびれを切らした狼が走り出す。
「っ!」
一瞬だけ恐怖を感じたが、俺はすぐに覚悟を決めた。
「ぐるぅアア!!」
狼が高く跳躍し、その牙と爪を俺に突き立てようとする。俺は左腕を高く挙げ、狼の口に左腕を押し込んだ。
「痛っ、、、てぇ!!」
だが、左腕に巻いた上着のおかげで狼の牙は骨には届いていない。俺は掲げていた手斧を狼の肩に突き入れ、そのまま全体重をかけて狼を押し倒す。左腕は狼の口の中に入れたまま体重を乗せて頭を地面に固定している。
「死ね、死ね、死ね、死んでくれぇ!!」
マウントを取り抵抗できなくなった狼に手斧で何度も攻撃する。攻撃するたびに手斧が重くなっている気がする。10回ほど手斧を打ち込むと、ついに狼は動かなくなった。俺は<魔血武具>で創り出した手斧をただの血液に戻して体内に回収し、返り血も拭かずに再びジャイラ村に向けて走り出した。回収した手斧の血液量が創り出す時に使用した血液量よりも倍くらい多かった気がするが、それは今考えることではない。
狼を殺してからしばらくしない内に俺はジャイラ村にたどり着いた。門番の人が俺を見て何か騒いでいるがそれは今は関係のないことだ。
「ジェイムズさんを呼んでください!俺の、俺の妹を助けてほしいんです!」
門番さんにすがりつく。
「ジェ、ジェイムズさんなら確かにこの村にいるが、、、その前に坊主、怪我を治した方がいい」
「俺より妹が死にそうなんです!はやく、エイシャ村に、ジェイムズさん、を、、、呼ん、、、で、くだ、、、」
エイシャ村にジェイムズさんを呼んでください。そう言い切る前に、俺は気を失ってしまった。
次に俺が目を覚ましたのはエイシャ村の自宅だった。
「お兄ちゃん!!!」
上体を起こし、俺が横たわるそばで座っていたレイナと目が合うとレイナは俺の腹に飛び込んできた。
「ぐええええええ死ぬ死ぬ死ぬ!重いって!」
「い゛、生ぎででよがっだああああ!りゅかすぅうううう゛う゛う゛」
俺の服が鼻水と涙でぐちゃぐちゃだ。声もガビガビだし。って、あれ?そういえば、、、
「た、助かったのか!レイナ!!」
「う゛ん゛、ありがどう゛!」
俺とレイナがベッドで抱き合っていると、長身の見知らぬ男が母さんと一緒に現れた。
「こんにちは、私がロベリアの神官ジェイムズです。ルカス君、あなたはジャイラ村の入り口で、エイシャ村にジェイムズを呼べって言いながら気絶したんですよ。傷だらけの血まみれでね。それを私が馬車の中で回復しながらあなたをエイシャ村まで運んだんですよ」
「ルカス、親の身にもなりなさい!結果的に良かったけど私は一度に子供を二人も失うんじゃないかって思っていたのよ、もう」
「それは、、、ごめんなさい。でもどうしてもレイナを助けたくて」
「そう思うのはいいことだけれど、もっとやり方があったでしょう。エイシャ村の他の大人を頼るべきだったのに。でもまぁ、無事に帰ってきてくれてよかったわ。だから許します」
母さんに頭を撫でられた。不思議と、それがとても心地よかった。
「それからジェイムズさん、俺と妹を助けてくれてありがとうございます」
「いえいえ、私は神官ですから。ところで話は変わるのですが、、、エイシャ村までの道中にあなたが倒したと思われるグレイウルフの死体がありました。これがその魔石です」
そう言ってジェイムズは親指の爪くらいのサイズの魔石を渡してきた。人間や魔物の体内には魔石と呼ばれる魔力を蓄えておく器官があり、それが物にもよるが高く売れる。そのことは知っていたが魔物を倒したのは初めてだったし、あの時は急いでいたから殺した後は放置だったのだ。それをジェイムズさんは取ってきてくれたということだ。
「取ってきてくれたんですか、ありがとうございます」
「ということは、確かにルカス君がグレイウルフを倒したのですね。しかし、あのグレイウルフは明らかに斧のような刃物で殺されていました。あなたは刃物は持っていませんでしたし、戦闘現場にも武器は落ちていませんでした。どうやって倒したのですか?」
「えっと、それは、、、」
特にスキルのことを隠す理由もないので包み隠さず話した。なんなら実演もした。母さんとレイナは俺がスキルを隠し持っていたことに驚き、また俺の才能を喜んでくれた。それから、やはりあの狼を倒してからスキルで使える血の量が増えている。今までは自分の血だけで武具を創っていたが、吸収したグレイウルフの血が俺の魔石の中に蓄えられている感覚があり、実際にグレイウルフの血だけでスキルを使うことができた。これは予測だが、<魔血武具>で創り出した武器で攻撃すると相手の血を吸収するのだろう。使う血が多ければ多いほど密度を上げてより硬く重いものが創れそうだ。
そしてジェイムズ神官は俺に冒険者としての才能があるだろうと語った。ジェイムズ神官は竜の怒りによって滅びた過去の文明が眠るといわれる霧に包まれた山脈や、食べると不老不死になれる仙薬があるといわれる天幻仙境、あらゆる魔物の王が日夜しのぎを削り合う幽冥魔境など、さまざまなおとぎ話を聞かせてくれた。それらの話はどれも心躍るもので、俺は今日人生で初めてなりたいと思う職業が決まった。
俺、冒険者になって世界中を回りたい
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