双大剣の竜騎士

@MSQTwzPDGREE

第1話 黒いもや

この世には生まれながらにして特殊な技能を持つ者がいる。それは後天的に獲得することもできるが、並大抵の努力や運では叶わない。それは<スキル>と呼ばれ、平均して10歳を迎えるころには既にその使い方を本能的に学んでいることが多い。

平凡で閑静で退屈なエイシャ村に住む俺、ルカスは昨日で11歳を迎えたがこの村の誰にも、家族にすらも話していない秘密がある。それは、<魔血武具>と呼んでいるスキルを持っていることだ。自分がスキル持ちだということには半年ほど前に気が付いた。きっかけは些細なことだった。母さんの料理を手伝うために野菜を切っていた時、その手に持っている包丁が鉄ではなく血でできていたんだ。俺はいつの間にか、自然にこのスキル<魔血武具>を使っていた。<魔血武具>は体の外に出した自分の血を自在に操り、武器のようにできるスキルだ。自分でいろいろ実験して試した結果、見たことのある武器か防具にのみ形を変えられるみたいだ。でも使うのは自分の血だから、あまり大きな武器を作ろうとすると貧血で倒れちゃう。あんまり便利じゃない。


「ルカス!レイナと一緒にホシミ草をとってきてくれ」

「わかったよー父さん」


レイナは俺のかわいい双子の妹だ。父さんは村の薬師で、薬の調合に使う薬草が少なくなるとこうやって俺とレイナによく取りにいかせる。ホシミ草は山の斜面にしか生えない薬草で、庭では栽培できないからこうやって定期的に採取しに行かなきゃいけない。


「レイナ!早く来ないと置いてくぞー」

「まってよお兄ちゃん!今行くからー!」


どうせ今日も人形で遊んでいたんだろう。レイナは人形の配置に変なこだわりがあって、少しでもずれていたら直さないと部屋から出てこないんだ。まぁすぐ来るだろうし、俺は先に歩き出すことにした。俺たちの家は村のはずれ、山に近いところにあるから薬草を取りに行くのはそんなに大変じゃない。山奥にしか生えないようなのは父さんが取りに行くし、俺たちがよく行く山のふもとはきれいな泉もあるから薬草採取は俺とレイナの数少ない娯楽の一つになっている。


「もー、ちょっとくらい待ってくれてもいいじゃん」

「来るのが遅いからだろー」


声をかけられて振り向くと長い金髪をポニーテールにしたレイナがいた。


「その髪型はあんまり似合ってなくないか?いつものロングヘアの方が可愛いと思うぞ」

「えーそう?結構好きなんだけど、、、。ねえお兄ちゃん。泉まで競争しよ」

「いいぜ。今日は俺が勝つからな!」


突然の勝負に俺は乗り、レイナと同時に駆け出した。ここから泉までの距離はそう遠くない。だが、一息でたどり着けるほど遠くないのを俺は前回の競争で学んだのだ。前回俺は序盤から全速力で走って差をつけたが、途中でバテて後から走ってきたレイナに抜かされてしまったのだ。反省を生かさない俺じゃあない。


「ちょっとー、それずるい!」


俺はレイナの後ろにぴったりついて走っている。こうしてレイナに風よけになってもらい体力を温存して、終盤で一気に抜かす作戦だ。


「見えた!泉だ!おらあああああああああ」

「はや!」


泉が見えた瞬間、俺は全速力で走りだしレイナを抜かした。レイナはかなり体力を使っていたようで、俺に追いつくことはできなかった。


「はあっ、はあっ、はあっ」

「どうだレイナ。俺の勝ちだ」

「次からそれ禁止!私だけ風受けてたもん」

「でも今回は俺の勝ちな?」

「もぉーーー」


二人とも荒い息を吐きながら、泉のほとりに腰を下ろした。

直径100mほどだろうか。小さくもなく、大きくもない泉の水面が風で小さく波立っている。泉の周りにはあまり木がなく、水草の少ないその水面に空の雲と太陽が反射してキラキラと輝いている。


「奇麗だね」

「、、、そうだな」


この景色を見ていると自然と呼吸も落ち着き、爽やかな気分になる。やっぱりここは、俺たちのお気に入りの場所だ。バシャンと近くで魚が跳ね、水しぶきが舞った。


「そろそろ行くか」


薬草を入れるカゴを持ち上げ、俺たちは再び歩き出した。この泉までくれば、ホシミ草の生えている場所はもう目と鼻の先だ。背の高い草をかき分けて山に入り、斜面を登る。


「引っ張り上げるから、手を握って」

「うん」


滑りやすい斜面なんかは、木の根に足をかけた俺がレイナの手を掴んで引っ張り上げる。持久力は俺とレイナに差はないが、力で言うと俺の方が強い。だからこういう時は俺がレイナを助けなきゃいけないって父さんに教えられている。


「あった、ホシミ草だ」

「どのくらい持って帰る?」

「ま、カゴにいっぱい入れてけばいいだろ」


ホシミ草を根ごと摘み取り、土がついたままレイナの背中のカゴに入れていく。根と土ごと採取すると薬草の効果のもちがいいと父さんが言っていたからだ。

そうやって俺たちは時折場所を変えながらカゴがいっぱいになるまでホシミ草を集め、帰路に就いた。

当然帰り道も例の泉の近くを通ることになり、俺たちはきれいな泉を見ながら歩いていたのだが、俺は泉のほとりに変なものがあることに気が付いた。それは黒いもやのようなもので、宙に浮いているが段々地面に近づいていた。


「レイナ、あれ見に行こう。あの黒いへんなの」

「いいよ」


2mくらいまで近づくと、地面に向かってゆっくりと落ちていた黒いもやが急に方向を変えて俺の方へスーッと寄ってきた。なんだか嫌な感じがして2、3歩下がると、今度は隣にいたレイナの方に向かい始めた。レイナは不思議そうな顔で黒いもやに手を伸ばす。

あのもやに触れさせちゃだめだ!


「レ、レイナッ!やめ、、、」

「え?」


止めようと声をかけた時には、レイナは黒いもやに手を触れていた。もやに顔はないが、俺にはなんだかそれが笑ったような気がした。黒いもやがレイナの体に吸い込まれるようにして入っていった。そして、レイナの体の輪郭がブレた。レイナはホシミ草が入ったカゴを地面に落とした。


「う、、、あ、がッ」

「レイナ!」


倒れこむレイナを腕で受け止めるとレイナの顔は右半分が笑い、左半分が怒っているような表情をしていた。

怖い。怖い怖い怖い。なんだこれ!どうなってんだ。あの黒いもやは何なんだ!ど、どうしたらいい。レイナの体が濡れてる。汗、、、?すごい量の汗だ。


「キキキ、キキ、ギぃ、、、!!」


ピクピクとレイナの手足が痙攣している。表情はますます人間のものとは思えないものになっている。


「と、とりあえず村に戻らなきゃ」


レイナを背中に乗せ、俺は走り出す。焦燥感に駆られたその走りは泉までの競争をした時の倍は速く、すぐに村にたどり着くことができた。


「父さん!母さん!こっちに来てくれ、レイナが!!」


俺の焦った叫び声に、ただ事じゃないと感じたのか父さんと母さんがすぐに飛んできた。そして父さんはレイナの様子を見るなり、母さんにすぐに村の神官を呼んでくるように言った。

ここに来るまでの間に、レイナの容態は悪化していた。尋常じゃない量の汗で水分を失ったのか肌はカサカサで、表情は顔の筋肉が攣ったように固くなり、黒い模様が浮かび上がっていた。そして絶えずうめき声をあげている。


父さんに事の経緯を説明していると、母さんがこの村のトマスという名前のおじいちゃん神官を連れて戻ってきた。この神官さんは全部で10ある法術のうちの4段階目までしか使えないが、田舎の村の神官としては標準的だ。きっと、レイナを助けてくれるはずだ。


「これは、、、久しぶりに見た。呪いじゃ」

「呪い!?う、うちの娘は、助かるんですか!?」

「わからん。わしは呪いはあまり得意ではないのだがやるだけやってみよう。どれ、、、<浄化の音色>」


<浄化の音色>は神官が習得している法術の二番目の術で、瘴気や状態異常、呪いを回復できるが人によって3つの内のどれに強いかは異なる。呪文を唱えたおじいちゃん神官のかざした手が光り、オルゴールのような優しい音色が鳴った。その音を聞いたレイナはうめき声を止めて、浅くだが正常な呼吸を取り戻した。顔に浮かび上がった黒い模様が薄れ、固まった表情が和らぎ始めた。

これで助かるかに思われたがしかし、神官の<浄化の音色>はそう長くは続かなかった。


「ぐぁ、ァギィ、、、ぎぃぃぃぃぃぃいい!」


音色が止まり、再び呪いが進行し始めた。


「トマスさん!」

「わかっておる、<浄化の音色>!!」


神官が強く言葉を発すると、今度は先ほどよりも大きな音色が鳴りだした。神官の額には玉の汗が浮かんでいる。

やがて<浄化の音色>がとまった。今度は再び呪いが進行することはなかったが、レイナの顔に薄く残る黒い模様はまだ消えていないし目も覚まさない。


「レイナ、、、」

「今は呪いを一時的に抑えている状態じゃ。このまま何もしなければ、また侵蝕が始まってこの娘は死ぬ」

「トマスさん、あんた神官だろ!?なんとかならないのかよ!」

「お父さん、よく聞いてくだされ。すまんが、落ちこぼれ神官のわしにはこの呪いは強すぎる。侵蝕を一時的に止めることしかできない」

「そんな、、、」

「じゃが、隣町のロベリアになら治せる者がいるはずだ。お父さん、わしが今から書く手紙を持ってロベリアの神殿に行きなさい」


そういうと神官は手紙を父さんに渡した。


「村長に早馬を借りて行ってくる。ルカスと母さんはレイナを頼む」

「あなた、お願い」

「父さん、急いでね」


父さんを見送ると、神官のトマスさんは俺たちに水とタオルを持ってくるように言った。レイナが汗をかきすぎているからその汗を拭いて、さらに脱水状態にならないよう水を飲ませるためだ。

そうして三人でレイナの看病をしていると、来客があった。隣の家のおばさんだった。


「さっき騒ぎが聞こえてきたから見に来たんだけど、、、大丈夫かしら?」

「娘が呪いに取り憑かれていて、、、今はトマスさんのおかげで何とか。でも完全に治療するのは難しいみたいで、今は主人がロベリアに他の神官さんを呼びに行っているところです」

「あら大変ねぇ、、、って、ロベリアの呪いに強い神官さんってジェイムズさんのこと?あの人なら今、往診があるとか言ってジャイラ村の方にいるらしいわよ」

「え、、、」

「なんじゃと!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る