話したい

第1話 ペンケース

 今、気づいた。この前の席替えで隣になった静かな女の子。自分の好きなキャラのロゴが入っているペンケースを使っている。不覚。なぜもっと早く気づかなかったんだろう。目は悪い方ではないから、よぉく見れば分かったはずである。


 それでも気づかなかった。そんな小さいロゴをあしらったペンケースは見たことなかった。まさか自分の「推し」のロゴマークだけをあしらっているペンケースを持っているとは思わなかった。こんなにさりげなくだけど、わかる人にはわかるようなペンケースを持っているとは、ただものではない気がしてきた。


 気づかなかったときは普通の女の子、話したことのないけれど同じクラスの女の子、そんな感じだったのに今は違う。とても話したい。「推し」について話したい。


 でも少し嫌な記憶を思い出す。小学生のサッカーのクラブチームでのことだ。父さんの知り合いがやっているから誘われただけだった。そのときは特にやることがなかったので一生懸命練習した。そうしたらチームで一番うまくなった。


 その頃ボカロ達と出会った。連絡用に父さんのお下がりのスマホをもらったんだけれど、その中に曲が入っていた。たいていは古い曲なんだけれど、ボカロの曲が入っていた。初めはこれは人が歌っているのだと思っていたけれど、どうやら違うらしい。


 作曲家ではなく曲作りが好きな人が趣味で作った音楽というのに驚いた。どうやって曲作ったの。曲って作れるものなの?色々と衝撃だった。父さんに聞いてもわからないだろうから、スマホの中の曲を聴いて楽しんでいた。


 あるときサッカー友達が曲を聴いているのを見かけたので声をかけてみた。


「ねえなに聴いているの?」


「これ?今一番人気のアイドルグループの曲だよ。」


「すご〜い。なんだか聴いているだけで元気が出てくるね。」


「だろ!」


といいながら色々早口で語り始めた。そのグループができた馴れ初めやらなにやらを話し始めた。


「分かった分かった。好きなのは分かったよ。でも僕にも好きな曲あるよ。」


「えっ、なに?」


「初音ミクの曲なんだよね。」


「なにそれ、あっ、ロボットの曲だろ。心のこもっていない。」


「そんなことないよ。聴いてみなよ。心があるのがわかるよ。」


「あるわけないじゃん。」


「そんなの聴いてみないとわからないじゃん!」


「聴かなくてもわかるよ!」


そのあと何だか喧嘩がエスカレートしてしまって、


「後からこのチームに入ってれギューラーになるなんて卑怯だろ。俺小1から練習しているのに、レギュラー外された。お前のせいだ。」


と言って泣かれてしまった。ショックだった。そんなに彼が努力していたとは知らなかった。


 彼の大きな声を聞いてコーチがやってきた。コーチに原因はと言われたけれど、


「自分が悪いんです。僕が悪口を言ったので泣いてしまいした。」


とだけ言って本当のことは言わなかった。お前はそんな人の悪口言う奴じゃないだろうとも言われたけれど、彼は自分のせいでレギュラー外されたのなら自分のせいに違いない。きっとそれで泣いているのだから間違ってはいないと思った。


 まさか自分が楽しむせいで、誰かを傷つけているとは思っていなかった。

これをきっかけになんだか他の子たちとも気まずくなってしまいサッカーチームを辞めた。


 そこまでサッカーが好きなわけではない。コーチが、もっと上手いチームでやるのもいいぞと紹介してくれたけれど、なんだかもうサッカーをやる気になれなかった。僕はサッカーから離れた。


 そんなときに元気付けてくれたのが、初音ミクをはじめとしたボカロたちだ。アイドルの曲たちよりも距離が近い感じがした。なんとなく気持ちが沈んでいるときに励ましてもらった。だから今は誰よりも好きだ。でも好きだと言わないようにした。とても大切にしたいから自分の中だけで楽しむことにしたのだ。


 それでこのペンケースのロゴとはどういうことだろう。もしかしてかなり好きなのではないだろうか。好きな人とは話がしたい。ひとりで推しを応援するというのは決めたんだけれど、たまに話したいときだってある。新しい曲が出たらいっしょに聴いて「いいよね〜。」とか言いたい。いっしょにイベント行ってみたい気もする。


 そんなことを考えているときに昔の記憶が蘇る。また嫌いって言われたらどうしよう。ただデザインが気に入っただけで、特に好きではないのかもしれない。そんなことを頭の中で回らせながら悶々としていた。

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