第9話 提案

「それでは、本日の連絡事項は以上です。みなさん気をつけて」

 農協の作業服をきたヒコナが朝礼の終わりをつげた。連絡内容はタロースが整理したものでおかげで連絡漏れや段取りミスが減ったと隅っこでお茶を飲んでいる理事が喜んでいる。

 組合員たちはめいめいに昼食に出たり弁当を広げているが、ヒコナはこれから改善委員会の若手とランチミーティングだ。

 ふたたび、田舎の農場主である。大企業のオーナーになりそこなって一ヶ月ほどのことである。

 結局、三つのロボットのしのぎあいで制したのは事態の推移を読み切り、タイミングをはかってまっていたロボットということになる。

「ヒョウエ様のことは私もタルタロスもよく存じていました。私が知らなかったのは、あの方も候補者であったこととあなたの人となりです。これは不公平だ」

 ロボットも負け惜しみをいうのだな、といまは彼も面白く思う余裕がある。

「しかし、私が壊れてもかまわないということをされるというのは予測もできませんでした。いい学習をいたしました」

 社長が交代してからのミルキーウェイの様子は、まだ初年度の決算もでていないのでなんともいえないのだが、報道で新社長のサトミ・ヒョウエの姿を見ることは何度かあった。神経質な感じがずいぶんやわらいで落ち着きがでている。変わったな、と彼は思った。

 ヒコナが手にしたのは委員会の何人か、それぞれ地位のある人の連絡先だった。つまり一度くらいは使えるコネである。

「再就職に使うのもつまらないよな」

 ランチミーティングで開発から生産、出荷の改善検討会をすませたあと、彼は独り言ちた。雨が振り出していてタロースが傘をさしてくれている。相変わらず過保護だ。こいつも含めて、とヒコナは苦笑いを浮かべた。

「クニヌシ・ヒコナ様ですか? 」

 一台のプロトコル・デバイスが声をかけてきた。見覚えがないし、汚れたりへこんだりの中古でもない新品だ。発音もかなり自然。見かけはおしきせをきたようなおもちゃの兵隊。

「主がお会いしたいともうしております」

「どなた? 」

「銀河ロボット社の会長です」

 自然言語より大量の情報をデバイスと交換したタロースが補足した。

「どうぞ、あの車へ」

 差ししめされたところには会社ロゴもなにもはいっていない黒塗りリムジンが止まっていた。いかにもな車である。

 社主は車で待っていた。ただしホログラフィーだったが。

「実際そこまでいこうと思ったのだが、どうしてもはずせない用ができてな」

 すまなさそうにホログラフィーの社主は頭をかいた。

「農協での君の仕事ぶりは公開の範囲で確かめさせてもらったよ。非常に興味深い」

「なんでもない田舎の仕事ですよ」

「改善できる収益と、解消できる問題があるが、意図的に手をふれてないのはなぜだね? 」

「できますが、少々タイミングが悪いですね。それよりの優先事項は山積されています」

「ふむ、ミルキーウェイではサトミ社長が三百以上の改善を実施してずいぶん効率があがったそうだ」

「それはちょっとはりきりすぎですね」

 社主はにやりと笑った。

「同感だ。しかし新社長のデモンストレーションとしては好意的に見られている」

「一方僕は…御用向きを伺いましょう。田舎ののんびりした仕事ですが、案外忙しいのですよ」

「おお、それはすまんな。では手短にいこう」

 田舎の農協職員よりあきらかに多忙なはずの社主があやまった。

「さて、わしはいくつも法人をもっておることはしっておるな? 」

 集中型のミルキーウェイと対照的に分散型の銀河ロボットはオーナー同じくして共有するグループ会社形式をとっている。

「存じてます」

「今回のおわびとして、一つゆずろう。ミルキーウェイよりずっとささやかだが、ここの農協より資本規模は大きい。了承してくれるなら明日にも君のものだ。もっと早くしたかったのだが、遅れてすまぬ」

 また、ちょっとひらめきつながるものがあった。

「どうした、何を苦笑いしておる」

「その会社はもしかしていろいろむずかしいことになってはいませんか? 」

「ふん、鋭いな」

 社主は愉快そうだった。

「そうだ。しかも君の知っている範囲のどの問題物件よりもややこしいことになっている。わしが専念できればなんとかなりそうだ。だがわしには時間がない。切り捨ててしまおうかと思っておったところだった。どうだ、やってみるか? 」

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