第8話 裁定
案内された会議室には五人の人物がいた。うち、知った顔が一人。彼が前につとめていた銀河ロボット社の社主で一度だけ声をかけられたことがある。
「おお、きたね」
社主は老人だった。この時代、事故を除いて生物学的な死はほぼ根絶されていたが、それでも人はいずれ死ぬ。そのいずれくる死にずいぶん近い年齢だろう。
「覚えておられましたか」
「そりゃあ。後継者候補としてナガト氏から預かったのだからね。辞職されて人事がなげいていたよ」
「あ、そうだったのですか」
察して当然のことだった。
「そういう関係でこの委員もつとめておる。さて、始めよう」
会長が座長にうなずいた。座長はまるまるとした中年女性で、温厚そうな顔をしていたが、みかけに騙されては行けないと本能的な何かが彼に訴えていた。年齢や外見など、この時代なんとでもなる。それをこういう見かけにしているのだ。
「クニヌシ・ヒコナくん」
彼女の声は声量豊かで心地よかった。声楽家でも通じそうであった。
「わたくしは当委員会の議長を勤めるクニヌシ・リンドウです。あなたのお父様はわたくしの甥です。つまりわたくしはあなたの大叔母にあたります。お父様は残念なことでした」
悔やみの言葉に彼は会釈を返した。
「今日、ここにいる委員は銀河ロボットの社主様をのぞいて初めて会う親戚ばかりになります。結論はともかく、今後は身内としてのおつきあいをお願いしますね」
「あ、はい」
リンドウ女史はにっこり微笑んだ。ヒコナはメリットとデメリットが増えたとあんまり落ち着ける気分でもなかった。
「ナガト兄はそれなりの年齢でしたが、少し早世であったと思います。それでなければもう少しあなたがたの成長を待てたでしょうし、候補ももう何人か得て選択になやまなかったでしょう」
きびしい言葉だ。
続いて残りの委員も挨拶した。一人は若く、これも代替わりしたばかりとのことでやはりはとこにあたる男性。ただし、何か尋常でない経験をしてきたらしく同じ世代とは思えない凄みがにじみ出ている。もう一人は再び遠縁の女性で、これも名の知れた中規模食品企業のオーナー。この人が一番平凡に見えるという面子であった。
「われわれはどちらがよりふさわしいかを先ほどまで議論し、ようやく結論に達しました」
リンドウ女史が申し渡しに入った。
「その人のみを見れば、ヒコナ君は機転、行動力、決断力においてヒョウエ以上でしょう。しかし二人ともまだまだひよっこ。我々が注視したのは補佐するロボットの能力です」
彼女はくまのぬいぐるみを見た。
「タルタロス、あなたの勝ちです」
くまのぬいぐるみ、タルタロスのプロトコルデバイスは優雅に一礼した。少し滑稽だった。
「タロース、あなたもそろそろ気づいたでしょう。ミルキーウェイのロボットは大企業病にかかっています。そこまでおいつめたのはあなたとタルタロスとナガト兄です」
「干渉」
ヒコナの口からぼそっと言葉がこぼれた。あの廃墟でロボットたちが壊し合った動機だ。
「そうです」
リンドウ女史はにっこりできのいい生徒を見る顔になった。
「ミルキーウェイはタロースを干渉する障害と考え、その補佐するあなたを相続できないようにしようとしました。無理に相続の場に現れても、タロースがいなくなっていれば問題ないと考えたのです。その点で利害の一致が多いヒョウエから命令を引き出すのは簡単でした」
げっそり痩せた顔がますますげっそりして見えた。
「一方、タルタロスはこの展開を読んでいたようです。みなしオーナーの利害にさわるからこそ、名乗りを後回しにし、ライバルに勝てる見込みにかけた」
彼女はここで視線をヒョウエに向けた。
「ヒョウエ、今一度確認します。あなたはナガト兄の会社を、あなたに一杯食わせた会社を今でも引き継ぎたいと思っていますか? タルタロスの補佐を得て努力しますか? 」
「継ぎたい」
ヒョウエはくまのぬいぐるみを見ながら答えた。かすれた声を絞り出しての返答だった。その中には傷ついたプライドとそれでもなおつきぬ渇望がせめぎあっているに違いない。
リンドウ女史は彼にすまなさそうな目を向けた。
「ヒコナくん、あなたに落ち度はありません。しかし、委員会は補佐込みの総合評価でサトミ・ヒョウエくん選ぶことにしました」
彼女は今一度ヒョウエのほうを向いた。
「おめでとう。新社長。これから大変ですよ」
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