第7話 タルタロス
外は夜だった。飛び立ってきたところは死んだ都市であったが、ここは生きている都市である。多数の車が車寄せにとまり、あちらでは乗り合いバスに旅行者が多数乗降している。
これも会社のデバイスなのだろう。間髪いれずに地上車が近寄ってきてドアをあけた。タロースがうなずくので、罠ではないと判断して彼は乗り込む。リムジンは牽引車にひかれてメンテナンスドックに向かったようだ。この流れるような手順はすべてミルキーウェイ社のコントロールによるものである。
「それでは、みなさまがお待ちの場所まで」
車の中ではごく自然にそんなアナウンスが流れる。
大きなビルが見えてきた。てっぺんには見覚えのあるロゴがある。リムジンについていたのと同じものだ。これが巨大法人ロボットの一つ、ミルキーウェイ・ロボットサービス社の本社である。
「さすがに大きいな」
「はい、しかし貴方が以前つとめていたところはもっと大きかったでしょう」
「あそこは拠点が分散していてこんな風に集中してなかったからね」
前の仕事、ロボットシステムの最大手の銀河ロボットサービスのことである。会社を自分の体として維持統括するロボットはその本体の所在が秘されていて誰もみたことがない。巨大といわれているし、人間の脳のようにバックアップと補完をかねて二分割されているともいわれているが、社主以外に詳細を知る人間がいるかどうかは伝わっていない。
「これくらいの規模になると全体最適のための葛藤は大変だろう」
あちら立てればこちら立たずという事態は管理対象が多くなると起きやすい。人間は時間と効率のトレードオフができるので「適当」にやっつけることができるが人間より明確に全部把握できるロボットは動けなくなってしまうこともある。性能が高いゆえにどんどん仕事を付け足された高性能ロボットにときどきおきる。まるで違うはずなのだが「機械の鬱病」などと呼ばれることもある。
「そのリスクを少なくするために集中構造にしてあるのです。球体は大きいほど体積に対する表面積の比率が下がりますが、表面積を外とのインターフェイスと考えればまとまるほうが葛藤が起きにくいのです」
「なるほど。くわしいね」
「ナガト様と、私と、タルタロスで大分議論しました。集中した場合には事故や過激な自然主義者の破壊による被害が大きくなります。どちらを取るかは実に悩ましい」
数式をあいまいな自然言語に変換しているだけなのに、なぜこうも人間くさくなるのか。
車は駐車場に吸い込まれて行った。
(ちょっとひっかかる)
ヒコナは何かひらめきそうに感じていたが、車のドアが開いたので後でじっくり考え直すことにした。たいてい忘れてしまうものではあるが。
出ると、プロトコルデバイスが出てきて案内に立った。おもちゃの兵隊をかたどった人の背丈の半分ほどのデバイスで、昔の軍隊の行進のように歩く。
「こちらへ」
案内されたのはがらんとしたホール。中央に背もたれの大きな回転椅子が置かれているが、誰かすわっているとしてもあちらむきなのでわからない。
後ろでドアがしまった。椅子がゆっくりまわりはじめた。
「はじめまして」
げっそり痩せた不健康そうな男がそこにいた。
「俺のことはそこのタロースにきくといい。少し話をしたい」
「あんたが呼んだのかい? 」
傲慢な態度に少し気を悪くして言葉がぞんざいになる。
「こちらはサトミ・ヒョウエ様。先代のお孫さんです」
タロースが耳打ちをする。ヒコナにはどうでもよかった。
「ああ、もちろんだ。せっかくきてもらったのにロボットに門前払いさせるのも悪いので俺が出てきた。もうおまえさんに用はない。帰ってくれ。ご足労代は出す」
「ふうん」
ヒコナは背筋をのばしてなるべく上からヒョウエを睨みつけた。
「あんたの立場は? 」
「この会社の正当な相続者だ」
「そんなことはきいていない。オーナーなのか? 」
「ああ」
一拍置いて返事。
「オーナー代理として登録されています。期限は明日まで」
間髪いれずタロース。
「人間はどうして下手な嘘をつくんだろうな」
ヒコナは苦笑した。
「リムジンの不時着の件、あんたの差し金か? 」
ヒョウエは何か言おうとしたが、どうやらここで気力がつきたらしくがっくり面を伏せた。
「ああ、俺とミルキーウェイで相談して決めた。命令は俺が出した」
(おや? )
ヒコナの中でまたひっかかるものがあった。今度はもう少し見えてきた気がする。
「この会社は俺のものだ。おじいさまの跡をつげるよう努力してきたんだ。それをおまえみたいなぽっと出にさらわれてたまるものか」
頼む、手を引いてくれとヒョウエは哀願してきた。やったことを考えるとかなり厚かましくもあった。
「僕が身を引いても、あんたが継承者になるとは限らない」
ヒコナは言った。
「それを決める人達のところに一緒に行こう」
「同道してもよろしゅうございますか」
声に振り返れば背丈のはんぶんほどのぬいぐるみの熊がひょこっと立っている。
「タルタロス? 」
ヒョウエが不思議そうな顔をした。理解しようとする気力もあまりないらしい。
「クニヌシ・ヒコナ様。はじめまして、私はタルタロスともうします。そこのタロースのかつての同僚でした。このようなプロトコルデバイスでご挨拶する失礼をお許しください」
ロボット同士は自然言語でない大量データ通信で話し合っているようだ。タロースは無言である。
「そしてサトミ・ヒョウエ様。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はナガト様による指定相続分で相続人はあなたです。受け入れていただけますか? 受け入れていただけるなら手続きをまたずオーナーとして仕えさせていただきます」
「どうやら、タルタロスはこのタイミングをまっていたようです」
タロースが小声で告げた。
「人間の表現でいえば、我々はしてやられたようです」
ヒョウエが無気力な王のようにくまのぬいぐるみの忠誠を受け取る声が聞こえた。
「では、ともにまいりましょう。委員会のみなさまがお待ちです」
その委員会とタルタロスの話し合いもついているのだろうな、とヒコナは思った。
そろそろだいぶわかってきたが、もう少しだけ様子を見ようと彼は思った。
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