第6話 出発
目的地のターミナルについたのは、そろそろ飽きてきたメニューの昼食を終え、腹がこなれたあたり。あのターミナルとちがって荒れた印象はなく、また木造だが新しい建物が隣接され、一文字脱落してしまってはいるが歓迎のメッセージが屋根に並んでいた。ここはどうやら移住者の受け入れを行っているらしい。
馬車がつくと、建物の中から夫婦者らしい太めの男女が現れた。ジーロンが気軽に手をあげて挨拶する。彼をちらちらみながら少し話し込んだ末に、女房のほうが建物に戻ってなにやら支度を始め、夫のほうは壁にかかった鍵をつかむとターミナルの建物のほうへと先導を始めた。
「事情は聞いたよ。こいつんちのハーブいり即席スープを三食とはえらいめにあったね」
気さくな男だった。
「俺は中には入らないから好きにしてくれ。壊さないようにな」
がちゃんと古風な南京錠をあけて扉をあければ少し黴臭い臭いが漂いでてくる。
礼を言って中にはいり、幽霊が出そうな無人の建物を管制室まで上ると、ここは埃をなんども払った人間の活動の痕跡がうかがわれた。もっとも、ミイラ化した死体が椅子に腰かけていたとしても何ら違和感はなかったが。
誘導の手順はリムジンのデータベースから抜き出し、注釈を加えて携帯端末にいれてある。それに従ってスイッチを入れれば死んだようであったターミナルがぶんとかすかにゆれた。あとはリムジンと滞留しているターミナルの認識コードを入れ、接続を確認の後、誘導操作を指示するだけである。
窓の外ではジーロン、インリン、ヤンリンが飛んでくるはずの方向を見ている。管理人はジーロンのそばでなにやら世間話をしているようだ。
五分ほどで飛んでくるリムジンの姿が見えた。ジーロン親子はそれを確かめると彼のほうに手をふって馬車のほうへと歩いて行く。彼も手を振り返した。
スイッチを切って外に出たときにはリムジンは到着していた。だが、なんだか違和感がある。そう、茂みにでもつっこんだように木の葉や枝が大量についているのだ。
いや、それは木の葉や枝ではない。
近づいてそのことに気づいて彼はぞっとした。ばらばらとリムジンからはがれ落ちたそれはしばらくうごめいていたかと思うと、動かなくなった。
「ああ、こりゃあずいぶんくっついたな。中にロボットがいるだろ? 」
管理人が箒を手にやってきた。
「こいつら、いたところからあんまり離れると死んでしまうんだよな」
うごかなくなったロボット殺しをはきあつめ、バケツにいれて持って行く。
リムジンのドアが開いた。彼は管理人にも手をふると乗り込んですばやく閉めた。
「タロース、無事か」
「ロボット殺しのことを聞かなければ危ない所でした」
ロボットは飄々と答えた。
「それよりこのリムジンはまたミルキーウェイと接続できたようです」
「よし、とりあえずここを離れてくれないか。最初の目的地でもなんでもいい。立ち去れといわれているから、なるべくはやくそうしなければ僕の安全が保証できなくなる」
「わかりました。当初目的地に向かいます」
リムジンは初めて音声で応答してきた。軽い加速感があり、あの両日かけて移動した距離よりはるかに長い距離を一瞬で過ぎさる旅に入ったのだと知れた。
「ミルキーウェイ、あの自然主義者解放区の閉鎖されたターミナルへの到着について命令者と命令内容について禁止されてない範囲で説明してもらえるか? 」
「命令者が誰かいうことは禁止されています。命令内容は質問された通りです。先ほどのターミナルにメンテナンス要員がきたときに回収する見通しで、その最大間隔である三ヶ月分の物資を用意しました。しかし私がリムジンとの接続を回復したとき、あなたは外にいましたね。どうやってあそこまで移動したのです? 」
「馬車で送ってもらった」
ミルキーウェイはほんの一瞬沈黙した。
「そうですか」
そしてもう一度言った。
「そうですか」
そして沈黙した。
タロースが彼の顔を見た。
「ヒコナ様、ミルキーウェイ社は一瞬エラーを起こして部分的な再構成を行いました。あなたが彼になにをやったのか私にも分析が及びません」
「僕もわからない。ロボットと対話調整しているときには思いがけずそんなことがある」
「それは、楽しみです」
それはちょっとびっくりするような反応だった。ロボットには感情はない。必要とされるものを積み込んでいるだけだ。一番大事な機能は人間とそれ以外を判別すること、因果関係を分析し、主に損害の期待値から判断を行うこと。
言語応答はあいまいさから判断を行う高度な機能だから、タロースが「楽しみ」といったのはもっと複雑で人間とは異なる意味があるのだろう。
だが、それでも「楽しみ」といったことは事実だ。
二時間ほど静かな時間がすぎて、リムジンは止まった。
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