第5話 ロボット殺し
迎えは馬車だった。これに髭面その二と先ほどまではみなかった少年二人。それに荷台の半分ほどを占める荷物。生きた馬を間近に見るのは初めてで、その鼻息あらいいかにも悍馬の有様に思わずひるむのを見て、自然主義者の三人はにやりと笑った。
「いや、もうしわけない。外の人はだいたい同じ反応をするのでな」
髭面その二は手招いた。
「私はジーロン・スミス。この二人は息子でインリンとヤンリン」
髭を一生懸命蓄えているところといった少年たちは、押さえた敵意のこもった目と、どこか小馬鹿にした目で会釈した。
「井の中の蛙ゆえ、少々失礼なところがありますが、今回あなたに道すがらお見せするものはこの子たちにも見せたいのでどうぞご寛容にお願いいたします」
さ、と促されて荷台に上ろうとするが、思ったより高いし足をどこにかけていいのかわからない。一方の少年、インリンが教えてくれてヤンリンが手を貸してくれた。警戒心は強いが、根は善良、親切にしつけられているようだ。
「行きますぞ」
ぴしりと鞭を鳴らすと馬車は思ったよりも速い速度で走り始めた。いや、彼が常日頃使っている交通手段にくらべればかたつむりがはっているようなもののはずだが、流れる地面、過ぎ去る道路わきの樹木を間近にするとその程度の速さでもひどく実感を伴う。自然主義者たちがなぜ不便な生活にあえて身をおくのかわかるような気がした。
「本当は蒸気機関くらい使ってもよいのですがね、化石燃料のないこの惑星ではどうも燃費が悪いのでみんな馬車を使っているのですよ。同じ理由で畑では牛に鋤を引かせています」
驚いている彼にジーロンは説明した。
「ロボットを使っているのと何が違うのか、よく聞かれます」
「どう答えるのですか」
「ロボットに人間と同じかたちの命はない、と」
「蒸気機関にも、ありませんね」
「確かに」
ジーロンははっはっはと豪快に笑った。珍しいことなのだろう。息子二人が目を丸くしていた。
途中、たき火でお湯をわかして彼らのもってきた乾燥食料を煮戻したスープに固く焼き締めたパンを浸しながら食べるという昼食をとった。彼の荷物にももっと簡単に食べることのできる携行食はあったが、万が一のために温存しておけと止められた。
ハーブが強くきいていて、彼はおいしいと思ったがインリンとヤンリンは微妙な顔で食べている。好みは別れそうだな、と彼は思った。
昼食がすんで少し進んだところで道の真ん中に簡単なバリケードがおいてある所を通過した。二人の少年が父親を手伝ってそれをどけ、通り過ぎてからまた元に戻した。少し緊張した顔をしている。ここから先は入ることを禁じられたところなのだろう。周辺に建物の廃墟が増えてきた。
「ここはかつて、もっともロボット化の進んだ場所でした」
廃墟をぐるっと鞭でさしながらジーロンは説明を始めた。
「農園、会社、家の管理、そういったものがすべてロボットに任されていた。ほんの三十年ほど前までの話だ。人間は彼らと適当につきあうだけで何の心配もいらないくらしを手にしていたし、病気や事故は巧妙に回避され、犯罪も芽のうちに摘まれて理不尽な死などほとんど起きなかった。子供たちだってほんとうにのびのび過ごしていたと思う」
なにやらなつかしそうである。
「ところで、普通、一つだけ絶対ロボットシステム化されないものがありますね 」
元ロボットシステム技術者には初歩的すぎる問題だった。
「政府。ロボットの所有者の上位に位置するのに、ロボットではおかしくなってしまう。こればかりはロボットシステム化できない」
「即答にしてはご名答。ところが、ここではそれに手をつけた」
「オーナーは? 」
「選挙で選ばれた首長。複数の自治体の間の微妙な問題は首長同士で話し合って決まったことを命じるということになっていた」
「ふむ、法人にも似た形式がありますね。うまくいきましたか」
いったらこうはなってない、それでもわかりきったことを聞いたのは興味を禁じ得なかったからだ。
「実のところ、かなり長い間うまくいっていました。自治体ロボット同士の問題は人間の首長とそのスタッフで調整され、民間ロボットと自治体ロボットの利益相反も所有者と話し合うことで解決してきました。ところが、うまくいっているように見える時こそ何かがおきているもの。はじまりは、不在所有者の経営するロボット法人とのもめ事でした。法人ロボットが自分の一部があると思っている土地と、政府ロボットが自分の一部と思っている土地が重なったままもめ続けた結果、政府ロボットが実力行使にでました。ただし、表立った問題にすべきでないという判断はあったので、実に巧妙な方法を用いて係争の箇所の法人ロボットのデバイスにたいして破壊工作を行ったのです。これで政府ロボットは味をしめました」
「そうか、政府ロボットとなると境界線の内側はすべて自分の一部になるのか」
「今度こそご名答。彼らのテリトリーは重なるべきではありません。まして政府というのは干渉するのが仕事です。将来は知らず、今のところ、彼らはそれを所有権の侵害と判断します」
「もしや、政府ロボットはその後も」
「邪魔な法人ロボットや家屋管理ロボットを排除し始めました。いろいろうまくいかないのでだんだん転居する人間が増えはじめました。困ったことに、他のロボットを排除すればいいということに気づいた政府ロボットは一つではなかった」
ここでジーロンは言葉をきった。
「日が傾いてきました。夜営する場所を探します。暗くなってからでは遅い」
薪をあつめてたき火、水の確保、馬のえさの準備、天幕の展張、簡易寝台の設置(親子はハンモックを使った)、キャンプという娯楽は今でもあるため全く無知ではなかったものの、レジャーとしてのそれより手間もリスクも大きな夜営準備は大変そうであった。それをなんでもないという顔でやってのける自然主義者たちの仲間にはとうていなれそうもないと、彼は思った。
たき火をかこんで彼らは昼と同じような夕食を食べた。
「なあに、すぐ慣れます。慣れればこの不便さもまたよろしい」
ジーロンはそういうが、それでも無理だろうと彼は思った。
「それにここはまだ恵まれている。水が昔の水道由来であることに気づきましたか? こんなところにわき水なんかあるわけがない。普通なら川をさがしておっかなびっくりできるだけ浄水して使うしかないのです」
「水道? 」
「暗くなってきましたね。ほら、廃墟を見てください。照明とはいえないけれど、小さな灯りがいくつも見えるでしょう? 」
言われて目をこらしてみると、確かに赤や青の小さな灯りがそこかしこに見える。発光虫のように動くことはない。
「この廃墟は、半分だけ生きているのです」
「ロボットの生き残りが? 」
ジーロンはかぶりをふった。
「システムの一部が生きていて、かろうじて維持されている部分があのような光になっているのです。ロボットはもう残っていません」
「なぜ? 」
「そうですな。少しお待ちを」
ジーロンは何か目をつけていたらしく、立ち上がると迷うこと無く樹木の小枝を一本もぎとった。それをつまんで彼の前に差し出すと、小枝は明らかに人工物の足をだして逃れようともがいている。擬態だ。
「ロボット殺しです。この小さなデバイスがどうやってロボットを見分けているのかわかりませんが、見つけると中に侵入して破壊的なナノマシンをばらまき、ロボット・システムをばらばらにしてしまいます。政府ロボット同士が争うのに使われ、お互いに相手のテリトリーを自分に編入しようとしたようです。主が不在となった彼らは、こう考えたと思われます。係争が続くのは統合管理できていないからで、自己防衛のためには相手をこわして編入するのが最善。どこかで聞いたような話ではありませんか? 」
「政府ロボットたちはこれで自滅してしまったのですか」
「不幸なことに、彼らが姿を消してもこのロボット殺したちは消えませんでした。ここに元通りの生活を再建することはあきらめざるを得ず、ロボットなど使わない我々に解放された次第」
ジーロンは自分の息子たちに捕まえたロボット殺しを投げた。反射的に悲鳴をあげるのを愉快そうに眺めてから、父親は息子たちに問うた。
「おまえたち、こうなってない世界を見てみたいか? 」
インリンはかぶりをふった、ヤンリンはちょっとためらってからうなずいた。
「実は外世界の移住者募集所に誰か出すことになっている。おまえたち、行ってこい」
いやだ、とインリンが答え、いいの?とヤンリンが問う。この二人を見て父親は何を思うか微笑みを浮かべた。
「今日ここで見たこと、聞いたことを覚えておけ。外の世界を批判しろという意味ではない。どんな社会だって経緯は異なれ似たような結果を迎えることがある。一つの価値観に固まるな。他者の価値観、くらしを軽視せず自分の価値観とくらしを築け。それがおまえたち次の世代の仕事だ」
「外が気に入ったら、帰ってこなくてもいいってこと? 」
「かまわん。だが自分で決めたことなら泣き言は絶対にいうなよ」
「俺はここが好きだから絶対帰ってくる」
「それも自分で決めることだ。やっぱり泣き言は通じないぞ」
親子の語らいの間、彼はロボット殺しを観察していた。それはひょこひょこもといた枝に走って行くとびっくりするほどの跳躍力で元の位置に戻った。決めた場所に戻って待機するらしい。結構激しく動いていたが、エネルギーはどうしているのか。
それから携帯端末を出してタロースにメッセージを送った。内容はロボット殺しのこと、あの擬態ロボット殺しについても画像ほか携帯端末程度で収集できるデータは可能な限り添付して送った。
翌朝、夜明けとともに彼らは動き始めた。ロボット殺しは昨日と同じ場所でじっとしていた。
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