第4話 自然主義者たち
翌朝、彼らはやってきた。遠巻きに十数人、武器を手にしているのは容易に察することができた。そして代表者二名が銃を手にリムジンのそばまでやってきた。
「挨拶してくる」
身なりを整えると、彼は外に出た。
「こんにちわ。迷子です。ここはどこですか」
代表者の男二人はきれいに整えた髭面を見合わせた。
「知らんのか? 」
「ターミナルはあるけれど、もはや機能してないから、自然主義者の解放区らしいということまでしかわかりませんね。そもそもここに車がついてしまったことが何かの間違いなんです」
二人は再度顔を見合わせた。
「ちょっとだけ相談させてくれ」
「せめてどこかだけでも教えてくれませんか」
「それも含めて相談させてくれ。そうだ、あんたの名前とどこの人か、それと同行者がいればそれも教えてくれるか」
彼は自分の名前と、農園の名前を名乗った。嘘はいっていない。今時点ではまだ一介の農園主である。
「ずいぶん豪華な車にのってるが、どこにいくつもりだった? 」
「場所は知りません。ただ、この会社に話をしにいくところでした」
指差したところにはリムジンにつけられたミルキーウェイ社のロゴ。
「その車、ロボットか? 」
「いえ、誘導を受けて動くだけのデバイスです」
「ロボットはいないのか? 」
彼は少しためらった。が、それでもうばれたも同然と気づいた。
「います。自律型の汎用ロボットが一台」
「どうして…ああ、気にしないでくれ」
察して髭面その一が鼻で笑った。
「では相談してくる。少しまっててくれ」
「では、一旦中で待ってます。朝食がまだなので」
「ああ、好きにしな」
男たちはかすかに苦笑したが気持ちよくそういった。
中に戻った彼は、タロースが自然主義者たちの集まっているところを拡大しているのを見た。
「全部で十七人、全員男性で化学反応式の射出武器を持っていますね。電源が無くても単独で使用できる古典的な武器です」
そしてロボットらしからぬ感銘めいた口調で続けた。
「これほど大勢の人間が集まっているのは珍しいことです。ストレスに強い人たちなのでしょうか」
「君たちが現れる前はもっと大勢の人間が集まってくらしていて、危害の加え合いも頻繁だったそうだ。昔の映像の状態のいいのを見たらびっくりするぞ。見渡す限りの人間だ」
先の二人が戻っていくのが映る。集まった群衆に髭面一号が彼から聞いた通りのことを説明している。男はちらっとこちらを見ると一人見張りを指名して物陰まで他の者を誘導した。
「こうなると音が拾えません」
タロースは見張りの男が後ろとこちらを交互にちらちらみているのを指差した。
「ただ、遠くにはいってませんね」
「彼らの身なりとかは見たと思うが、何か推察できるところはないか」
「はっきり言えることはまだありません。着衣がハンドメイド品で本物の自然主義者と考えて間違いがないということくらいです」
そうか、偽物の可能性もあったな、と彼は思った。が、何者にしろ相手がそこまで手配できるともあまり思えなかった。
自然主義者たちは行き過ぎた文明を否定し、本来の人間の暮らしに回帰しようという人たちであるが、否定する文明がどこまでかはグループごとに異なる。共通しているのはロボットを否定し、すべてを人間の手で行おうという点くらい。そこに意図せずとはいえ飛び込んでいるわけだから、問題とならないはずはない。
過激な一派ならただちに壊しにくるだろう。穏便な一派でも対応を間違うと暴力的な反応を引き出すことになりかねない。
ここの住民が武器をもってきたのがその証拠だ。そして男ばかりであるというところに偏狭さを感じる。
先ほどの二人が戻ってきた。
「いってくる」
彼はこれを出迎えた。
「おまたせした」
髭面その一が少し緊張した顔でそういった。
「ようこそネオ・ピルグリム植民地へ。しかし我々としてはあなたの逗留を認められない。速やかに退去していただきたい」
「そうできればそうしたいのですが、車が動かないのです」
「故障しているのではなく、ここのターミナルの能動的な機能が停止しているから飛べないのだろう? 生きているターミナルがあるので、そこから誘導すれば回収できるはず。あれも持って行っていただきたい。たとえ残骸でさえとどまってほしくない」
くわしいじゃないか、と彼は思った。そうか、生まれつきここに住んでいる人ばかりではないのだな。
「ついては、あなたに同行していただきたい。ターミナルまでご案内する」
「職員か誰か、現地にいる人に連絡すればよいのでは? 」
「あのターミナルには常勤職員などいない。外の世界のようにメンテナンス会社から巡回があるだけだ。そして我々の仲間はもうあのレベルの文明には触れないことになっている。だから、あなたが自分でやるのだ」
彼は聞いていて背筋を汗が流れるのを感じた。これは大変なことになりそうだ。
「メンテナンス会社の次の巡回はいつごろになるのでしょう」
「それは我々も考えた。ところがいつもより早く巡回がやってきて次が来るまで三ヶ月またなければならない。それまでここにとどまるかね? 」
思わず顔をしかめてしまった。昨晩、タロースはこういわなかったか? 「いつ、誰が誘導するのかが問題」と。そして巡回スケジュールが変わったというところに作為がないとどうしていえる? ミルキーウェイ社が一部始終は知っているはずだから、まったくの時間稼ぎにすぎない。だが、何者にしろ有能でおそらく野心のある人間に時間を与えるのは危険だ。比べて道中の危険はいかほどであろうか。それを緩和する手段は一つしかない。
「わかった。同行しましょう。あなたがたは嫌でしょうが、私のロボットも同行させてもいいですか? 」
「だめだ」
予想した通りの返答だった。なんとか説得しようと口を開くのをそれまで黙っていた髭面その二がとどめた。
「我々がうけいれがたいから、という問題ではないのですよ」
見かけに相違して、実に穏やかな口調だった。
「もともとは普通の世界であったこの土地が我々に解放されたことには理由があるのです。ロボットはこの土地が受け入れない。あなたが出かけた後も、絶対外にでないようにあなたのロボットに命令しておきなさい。理由は道すがらお教えしましょう。見た方が早い」
「行程は一泊二日の予定だ。準備をすませてくれ」
それだけ申し渡すと、二人は一旦引き上げて行った。
彼は困惑を隠せないまま車の中に戻り、タロースにすべてを話した。
「私は壊されることになっても、あなたを危険にさらすわけには行きません」
これも頑固な回答だった。
「なにか、この土地についてわかることはあるかい? 」
「ありません」
「では、君が同行しないことで危険にさらされるかどうか、あるいは同行することで危険にさらされるかどうかは不明ということだ」
「そうです」
組み上げたばかりで学習の足りないロボットに、よくこういう風にいってきかせたな。彼はおかしく思った。学習の足りないロボットはまだ自分の手足をもてあましている状態だが、このロボットは十分な時間の学習を経た、しかも超のつく高級ロボットなのだ。これはおそらく公共データベースから遮断されたこんな状態にはさすがに不慣れなせいだろう。
「地元の人間に害意はない。そしてロボットにとっては何か脅威があるが、人間にとってはそうではないらしい。で、あれば君はここで待機しているほうが僕にとっては安全ではないかな」
「わかりました」
タロースに感情は無いはずだ。しかしその声に恥じ入ったような響きを彼は感じた。
ロボットたちは過保護だ。前の仕事についたときに真っ先に教えられたのはそのことだった。子供のころからロボットたちに囲まれていた彼にはすぐ納得のいくことであった。また、目から小さな鱗の落ちる思いもあった。人間を守るためには危険を顧みない彼らは献身的であるというより、繰り返しになるが、まるでおせっかいな母親のようなところがあった。それは時々本当によけいなことであるが、ロボットにはロボットなりの理由と判断がある。ロボットシステムを組み上げるということは、企画と設計に加えてそんなコンサルタントめいた仕事も含まれていた。
「携帯端末にブースターをつけてもっていくよ。たぶん途中までは届く。必要なときは連絡する」
「これをお持ちください」
タロースに渡されたのはリムジン備え付けの非常持ち出しかばんだ。
「遭難時に必要なものがまとまっています」
「ありがとう」
これに少し小物を加え、一枚外套をはおったところで迎えが来た。
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