第2話 相続人
そこは小高い開かれた場所で、下のほうでは草取り用のマニュピレータをつけたドローンが二台、メンテナンス用のドローンに見守られながら畑の草取りをしていた。四角く水路で囲まれた畑の一ブロックは地下数メートルまで囲まれた水槽いや土槽というべきもので各種センサーや地中作業用のモグラメカも備えた製品だ。隣のブロックでは土の入れ替え作業が途中で投げ出されている。
泥のついた軍手と作業着すがたのヒコナはそこでタロースと会った。ロボットファームだからといって人間がまったく手を動かさないわけではない。歩留まりのよいロボットファームではオーナーの人間もまた勤勉なのだ。
インカムに農園を統括するロボットから来客あるむねきいていた彼は、一休みして涼んでいた。働かなければ生きて行けないわけではないが、ちょっとした贅沢や何か学ぶなら収入があるほうがいい。同じことばかりやるのも面白くない。この農園も農協に委託管理していたのを前の仕事をやめた契機に委託をやめて再開したものだ。ノウハウは設置されてから半世紀近くたつ農園ロボットに蓄積されているので、相談したり教えてもらいながら、ようやく一工夫、二工夫付け加えることができるようになった。
慌てることはないが、そろそろまた次を考えてもいい。その中にはここで家族を持つというのもあったが、縁がなければ始まらない。直接会う人間の数は通りすがりを含めても都会でもかなり少なくなっているのだから、縁は積極的に作っていかなければできない。
そんなときに来客である。眼下のドローンも、土槽も自家薬籠中というか、身体の一部として把握している農園が現在地まで教えてくれる。ロボットは統括システムの形を取る場合も、一つの体にまとまっていても、忠実な奉仕者であるために母親のように過保護でおせっかいなところがある。
「頭が悪ければかわいげもあるんだけどね」
状況分析と判断力は人間より優れている。特に人間を認識する点についてはもっとも安価なロボットでも相当な機能をもっている。これはロボット法に人間に関する条項が多いため、絶対に人間を人間でないと見誤ってはいけないからであった。
見覚えのあるエア・スクーターがよたよたとやってくるのが見えた。スクーターはターミナルのある町の農協出張所にいるじいさんのものだ。借りたのだろう。窮屈そうにそれにのってきたのがタロースだった。
ロボットは数秒彼を眺めてから、深々とお辞儀をした。
「認証しました。クニヌシ・ヒコナ様に間違いありませんね」
「君はロボットか」
「はい、前の主はタロースと呼んでおりました」
「前の? 今の主はどなたか? 」
「ヒコナ様、私は相続を待つ身です」
「相続? 」
「はい、相続人はあなたです」
彼は驚いた。
「人違いではないのか?」
「ロボットが人違いをするとお思いですか? もしそうなら私はオーバーホールしなければなりますまい」
「いったい、誰なのだ? 」
安価なロボットなら問い返されただろうが、このロボットは正しく認識した。
「あなたの大伯父にあたるかたで、サトミ・ナガトというかたです。私はタルタロスという別のロボットともにその秘書をしておりました」
「聞き覚えのある名前だ。たしかミルキーウェイ・ロボットサービスのオーナーなのでは」
最大手ではないが、得意分野ではトップの成績をもつ会社だ。
「はい。間違いございません」
「うちの親戚とは知らなかった」
「ご親族には伏せておりますゆえ」
「その相続人が僕ということは」
「はい、まことに残念ながら穏やかに終焉をお迎えになりました」
「お会いしたことがないのは残念だ。だが、なぜ相続人が僕なのか。他にも親族はいたと思うが」
「法定相続分につきましては生前分与で処理済みです。親族がたは生活に困らないだけの資産を受け取っております。あなたの農園もそうなのです」
「そうだったんだ」
知らなかった。知りようもない。彼が生まれるよりも前の話だ。
「私はナガト様の指定相続分です。あなたが同意してくれればあなたの所有となります。拒否された場合は政府預かりとなって競売に付されます」
ヒコナはタロースを値踏みした。
「なぜ、僕が指定されたのだ? 」
「あなたは、ミルキーウェイ・ロボットサービス社の後継者候補なのです」
脱いだ軍手がぼとっと草の上に落ちた。
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