第1話 遭難

 そこは廃墟だった。だが、完全な廃墟ではなかった。一見すればそれは駅前のバスターミナルのように見えただろう。高いアンテナをそなえた朽ちかけた二階建てがあり、片隅にはつぶれかけた自動車のようなものが五、六台積み上げてあるし、その隣にはこれまた各種作業用のドローンの朽ち果てたのが十数体虐殺の犠牲者めいて折り重なっている。周辺は壁と柱が少し残った建物跡が灌木や茂みに覆われて散在している。時刻は夕方、少し肌寒い風が呆然とする彼の髪の毛をひゅうと吹き乱して通り過ぎた。三十少し前くらいの、日によくやけてはいて顎のすっきりした線のほそい顔に眼鏡をかけているが、この眼鏡は安価なヘッドアップディスプレイである。少したれ目でおっとりした印象。着ているのは防虫剤の臭いのするビジネススーツで、昔はもっと痩せていたのかややぴちぴちである。名前をヒコナという。つい先日までは両親より引き継いだ農園を経営し、惑星の農協でロボットファームの更新、改善の相談を担当していた。

 その傍らにはマイクロバスほどもあるリムジンが夕日にそのぴかぴかの車体を輝かせている。

 建物の中から人影が出てきた。埃を払って背筋もまっすぐに彼のほうへむかってくる。大柄な人間のようだが、古代の青銅器のような面をつけていて怖い。

「このターミナルは機能していません」

 非常に耳ざわりの良い声でそれは報告した。

「機材は撤去済みか破損したものばかり。ビーコンとゲートは受動的なものなので、何者かがこの廃港の座標を指定したのでしょう」

「それはつまり、ここで立ち往生ということか」

「さようです。暗くなってきましたし、一度車内にお戻りください」

 ドアにハンドルはついているが、仮面の中の目がちかっと光るだけで、ぷしゅっと音がしてドアが開いた。この仮面男はもちろん人間ではない。この恐ろしげな仮面が証だ。人間でも身体を作り物に置き換えた者はいるが、それと判別のつくようこういう仮面などの見るものの目をひきつけ、警戒心を呼び起こすような造形がなされている。

 これは人型ロボットだった。長い複雑な識別子を持つがそれでは呼びにくいのでタロースと呼ばれている。名付け主は前の持ち主。今はヒコナの所有物になっている。

 リムジンの中は広くはないものの豪華でくつろげる作りになっており、歓談するための高級酒や凍結してある高級食材をほぼ瞬時に解凍する調理機が備えられている。電源は生きており、閉所恐怖症でないかぎりかなり快適に過ごせそうだ。

「いちばん望ましいのはリムジンがもう一度動いてくれることなのだが」

 タロースがかぶりをふった。

「手動で動かせるような作りになっていません。せめて別ターミナルから誘導を行いませんと」

「誰が誘導するんだ」

「いい質問です。私もそれは知りたいですね」

 いま、こいつは何をいった? 彼はタロースの顔を見た。時々、こういう人間のようなことをいうロボットがいる。

 いやこいつは本当は人間なんじゃないだろうか。ロボットのふりをしているだけの。

 だいたい、なぜこうなったのだろう。

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