第25話 色々持ってきて

 というわけで、翌日持って行くことにした。次男はちゃんと、次来る時に持ってきて欲しい、と言っているのであって、明日持ってきて、と言ったわけではないのだ。けれども、平日よりも日曜日の方が好都合だったので、翌日の日曜日に持って行くことにした。それに、次にシャワーを浴びる時には欲しいだろうから。特に、縮毛矯正が取れてきている、天然パーマの次男が、品質の悪い、というかリンスインシャンプーだけで、風の弱いドライヤーでは、確かに大変だ。

 母は息子にきれいに、格好よくいてもらいたい。看護師さんや周りの患者さんからも、あの子カッコいい、と思われたいというエゴがある。その為には、多少の労力は厭わないのである。まあ夫は、この話を聞いて「贅沢だ」と言ったけれど。それも一理ある。

 湿布を貼って寝たおかげで、朝には背中の痛みがほとんど取れていた。アームやドライヤーもあり、頼まれていないけれども本も入れたので、ちょっと重たい荷物になった。それに加えて自分のカバンもあり、雨が降り始めたので傘を差し、坂を歩くのでボランティアシューズで出かけた。もう荷物は忘れないぞ。

 もう慣れたもので、ちょっと1カ所曲がる所を通り過ぎてしまったが、すぐに気づいて修正したし、地図を見ずに病院へ行く事が出来た。

 日曜日の出入りは夜間受付と同じところで、むしろ平日の入り口よりもセキュリティが万全な感じだった。どこの病棟の誰の為に来たかを聞かれたし、自分の名前も書いた。そうだよ、こういう書類を書かないとね。

 南病棟と書いて出し、検温をして、やっぱり「5/1検温済」というシールを渡されて、腕に貼って入った。

 エレベーターで3階へ行き、南病棟へ行った。次男にもLINEしてある。洗濯物を看護師さんに預けてあるらしい。

 しかし、ナースステーションには誰もいない。チラチラ廊下で仕事中の看護師さんは見えるのだが、話し掛けに行くべきではなさそうだ。少し待っていると、やっと1人ナースステーションへ入って来る人がいたので、声を掛けた。

 ところが、次男の名前を言っても、

「南病棟に、そのような方はいないのですが。」

と言われる。

「あれ?病棟が変わったのかしら。聞いてみます。」

個室から大部屋へ移ったのは知っているが、もしかして、病棟も変わったのか?次男にLINEで聞いてみたら、

「西2」

とだけ返って来た。早く言えよー。私は今、南3にいるのだ。看護師さんにお礼を言い(西はあっちですと教えてくれたので。分かってはいたけれど)、エレベーターで2階に下り、西病棟の方へ歩いて行った。床に矢印があるから迷わないのだ。

 次男に、西に移ったなら言ってくれよと言うと、ここまで来られるとは思わなかったからと言う。

「こっちまで来られるの?一番奥の部屋だから」

次男が言う。

「いや、部屋には行けないよ。ナースステーションの前まで」

と返すと、

「あ、じゃあ、トイレ行っちゃおうかなー」

と次男。可愛い事を言う。

「いいねー」

と私も返す。そんなやり取りをしながら歩いて行くと、衝立で行き止まりにしてあった。道を間違えたかと思って少し戻ってみたが、やっぱり西はこっちと書いてある。じゃあ、この衝立は行き止まりという意味ではなく、関係者以外立ち入り禁止という事か?

 衝立の向こうでは、時々看護師さんが姿を見せる。声を掛け、荷物を届けに来たと言うと、受け取ってくれた。

「洗濯物をもらって帰りたいんですけど。」

と言うと、お待ちくださいと言われた。で、衝立の隙間から中を覗いていたのだが、

「お掛けになってお待ちください。」

と言われてしまった。衝立からちょっと離れたところに置いてあるパイプ椅子。あそこに座ったら、もう覗けない。

 まあ、仕方がないので椅子に座る。近くにトイレがあるわけでもなさそうだし、たとえ廊下の向こうの方に次男が現れたとしても、顔が見えるわけでもなさそうだ。だから、いいや。顔を見るのは諦めたとLINEして、持ってきてもらった洗濯物(ナイロンの巾着袋に丸めて入れてある)を受け取って、帰って来た。ちなみに、洗濯物は思ったよりも少ない。パジャマとタオルは借りているので、恐ろしく汚れた感じの下着類だけだった。

 外に出ると、ものすごい土砂降り雨だった。靴は濡れるし、何ならズボンも全て濡れる。腿(もも)の辺りまで。

 地面を流れる雨水。そこを15分くらい歩くわけだ。ところが、駅の近くまで来たら、小降りになって来た。なーんだ、ちょうど酷い時に出てきてしまったのか。まあ、私はそういう宿命だから仕方がない。

 電車に乗って、座れたから本を読んでいたら、何と雨が降って来る!振り返ると窓が少し開いている。最近は換気の為に、時々窓が少し開けられているのだが、雨がひどいと吹き込んでくる。

 隣に赤ちゃんを膝に乗せた女性がいて、思わず、

「濡れますね。どうします?閉めますか?」

と話し合ってしまった。

「なんで開いてるんでしょう?」

と言われて、

「換気の為でしょうね。」

と言ったら、

「ああ、コロナだから。」

と、ご納得。

「閉めましょうか。」

と言ったら、

「でも、ちょっと前の方に座れば。」

と言うので、確かに勝手に閉めていいかどうか迷う所だし、ちょっと前の方に座った。本が濡れるのだけは勘弁してもらいたい。駅にいる時には吹き込まないのだが、走行中には時々ポツポツっと背中や頭に雨粒が当たる。

 最寄り駅に着いた。今度は毛抜きを買って帰らなければならない。家に毛抜きが1本しかなかったのだ。眉毛を抜くやつ。買ってから病院に行こうかと思ったが、それだと電車の時間が読めないので、家にあるものを持っていって、帰りに買おうと考えたのだ。まさか、こんなに靴や服がびしょ濡れになるとは思っていなかったからね。

 買い物をして、やっぱり土砂降りの中家に帰り、家に入ったらあまりにも靴下がびしょびしょで、床に水の足跡がくっきり。靴下を脱ぎ、上着も脱ぎ、とりあえずズボンも脱いだが、やっぱりズボンは履いて、裾をドライヤーで乾かした。あまり乾かないけれど。どうも、履き替えると洗濯物が増えて干すところに困ると思うと、滅多に着替えられない私。でも、思ったよりも寒かったようで、私の方こそお腹の調子が悪くなってしまった。髪の毛も濡れてひどい状態だ。やれやれ、1往復でも大雨のせいで、やっぱり満身創痍だ。

 それにしても、顔を見なかったお陰で、今回は泣かないで済んだぞ。やっぱりちょこっと会う方が却って辛いな。

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