第20話 涙が

 病院を出た。落ち着いていれば、出る時には腕に貼られたシールを捨てる箱に気づく。シールを剥がしてそこに入れ、外に出た。今度は地図を見なくても帰れそうだと、日傘を差して歩き出した。

 信号で止まった時、ふとさっきの病室での次男の顔を思い出した。思い出したのは失敗だった。涙が出てきた。視界が歪む。ダメダメ、考えちゃダメだって。今日は会えないと思っていたのに、不意打ちで会えてしまったものだから、ついうっかり感傷的に。

 でもやっぱり、うちの子は可愛いなあ。胸が痛む。住宅街なれど、けっこう人は通る。だが、メガネをしてマスクをして日傘まで差していると、涙はほとんど気づかれないだろう。

 コロナのせいで病院が面会禁止になっているという事は、散々ニュースで聞いていたが、それほど深刻に考えてはいなかった。今、ようやくそれがどういう事か、一端だが分かった気がする。子供がもっと小さかったら、入院期間が長かったら、とても耐えられない。子供もあまりに可哀そうだ。

 私が高校1年生の夏、初めての部活の合宿で熱を出してしまい、1人で寝込んだ事があった。もう散々修学旅行などで数日家を空ける事はあったし、お母さんに会えないから悲しいとか、幼稚園以来考えた事もなかったのに、この時はお母さんが恋しくて泣いたのだ。病気だから、心細かったのだと思う。

 それを考えると、病気の子供がお母さんに会えないのは、辛いのだ。高校生でさえそうだったのだから。うちの次男もそうだろうか。今はスマホでLINEのやり取りができるから、だいぶマシだとは思うけれど。きっと寂しいよな……なんて考えると余計にこっちも辛くなるから、考えるのはよそう。(退院後に聞いてみたら、全く恋しくなかったと言われた。)

 いやー、それにしても、流石に2往復もすると、道も覚えるものだ、うん。


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