第11話 病院に到着

 割とすぐに病院に到着した。ああ、喉が渇いた。

「病院だから、マスクしてね。ごめんね。」

と隊員さんが言ったので、片耳にだけ掛けていたマスクを、ちゃんと両耳に掛けてやった。そして、鼻のところをちょっとつまんで、きちんと装着させた。と、思ったのだが、ビニール袋が取り払われ、次男がまっすぐ前を(というか上を)向いたら、つまんで折ったところが片側に寄っていた。ああ、これだとおかしい。いいかな、いやまずいよな、どうしよう、と迷い、やっぱり気になって、降りる前に折り目を真ん中に直した。

 お母さんは先に降りてくださいと言われ、次男のリュックを背負い、靴を持ち、私のバッグを持ち、救急車から降りた。ほぼ飛び降りる感じで。救急車に同乗する時は、なるべくスカートは辞めた方がいい。

 次男のリュックはやっぱり重たい。気を抜くと背中が反ってしまう。それを、頑張って少し前傾姿勢にする。靴は、救急隊員の方が持って行った。次男に履かせるのだろう。次男がストレッチャーで先に病院に入り、しばらく暗い所で待っていたら、どうぞと言われて私も救急入り口から病院の中に入った。

 パイプ椅子が壁際に2つ並べてあった。壁を背にする形ではなく、廊下と平行に並べてある。勧められてその1つに座った。荷物を入れるカゴが前に置いてあって、最初は色々背負ったままパイプ椅子に座ったが、そのうちそのカゴの中にリュックを入れた。

 脱臼で救急搬送された際も、同じような所に来たのだが、あの時はすごく有名な大学病院だったから、もう少し広くてきれいな廊下だった。椅子もソファだったし。今いる場所は、雑然とした感じの少し狭い、少し古い病院だ。何せパイプ椅子だし。

 早速、スマホで自分の現在地を確認する。帰れるかどうかの確認である。

 うぉー、なんだこれ。周りは全く目印のない住宅街。最寄り駅が遠い。な、なに?最寄り駅は次男の高校と同じではないか。そんな近い所に来たのか。だが、最寄り駅までは徒歩15分と出た。坂とか無いといいけど。いや、ワンチャン夫が車で迎えに来てくれるとか……ないかぁ。でも一応この場所を送っておこう。この間の家族旅行の際に覚えた、LINEで自分の現在地を送る、というのをやってみた。

 次男のいる処置室は、ちょこちょこと人が出入りする。女医さんが出てきて、私にいくつか質問した。いつから腹痛があるのかとか、昨日生魚を食べたかとか、焼き肉を食べたかとか。1年前に胃腸炎になって、それからはちょくちょくストレスによって腹痛を起こしていた事なども話した。すると先生は、とりあえずの見立てを話してくれた。

「これから血液検査と画像検査をします。あとPCR検査もさせていただきます。おそらく、腸閉塞か虫垂炎か、胃腸炎かと言ったところですね。」

そして念願の……

「とりあえず今日は入院になるかなあ。」

とのお言葉が。ホッとした。私は嬉々として応える。

「そうですよね。このまま帰っても大変ですし。というか、帰るのが大変なので。私が運転できないし……あっ、車が今、車検で無いんだった!」

今、思い出した。うちの車というよりも、夫の実家の車なのだが、運転するのは夫と長男だけである車。その車が、今週車検に出されていたのだ。普段は平日に乗らないから、代車もないのだ。そうか、ペーパードライバーの私がたとえ運転して迎えに来ようとしたとしても、無理だったのか。そして、今から夫が迎えに来てくれるという淡い期待も消え失せた。なんだ、そうか。

 先生がとてもフレンドリーだったので、一緒に笑い合ってしまった。とにかく入院できるのは良かった。私1人なら、歩いてでもタクシーでもなんでも帰れる。

 次男が車いすに乗って検査室へ行ったので、私はトイレに行った。そして自販機を見つけた。気づけばもう8時。夕飯はしばらく食べられそうもない。水ではなく、スポーツドリンクを買おう。

 自販機に近づくと、他にも食べ物の自販機などが色々あった。最悪ここで何か買って夕飯でもいいと思った。しかし、喉は渇いていたが食欲はなかった。スポーツドリンクを買って、また元の椅子に戻って飲んだ。喉が渇いていても、それほどごくごく飲めるわけでもなく、2口ほど飲んで終わりにした。

 そうだった、充電だ。次男のスマホをリュックから取り出し、モバイルバッテリーから充電した。これらの荷物は、マネージャーさんが色々詰めて保健室に届けてくれたのだ。ブレザーとネクタイも。

 家を出る時に、最後に念のため鞄に放り込んだ本が役に立った。本を読んで待つ事にする。もっと役に立ったのがお薬手帳だった。救急車を呼ぶ際にも、胃腸炎になったのが1年前だったか2年前だったか怪しかったのだが、お薬手帳を見て1年前だと分かったし、今朝飲んで下痢を起こした薬が何か、それもお薬手帳のお陰で伝える事が出来たから。ひょっとしたら、その今朝の薬の副作用かも?と疑ったので、絶対に伝えなければならなかったのだ。伝えたうえで、薬のせいではないと分かればそれでいい。

 そういえば、看護師さんにお薬手帳を見せた時、

「あ、痛み止め飲んでたんですね。これ良い薬なんですよねー。」

と言われた。ついこの間まで飲んでいた薬の事だ。

「そうなんですか?」

私はやっぱり、と思う。それでしばらく落ち着いていたのだから。今回(昨日)も、その痛み止めを出してくれれば良かったのに、と思う。が、口に出しては言わなかったのに、まるで私の心の声が聞こえたかのように、

「でも、良い薬なんだけど、飲んではいけない時もあるんですよねー。」

と、看護師さんが言った。よく分からないが、そうなのか。それじゃ、仕方ないか、下剤を出されても……。

 それにしても、本を読んでいてもしょっちゅうLINEが入るし、あれこれ気が散る事が多い。マネージャーさんから帰れましたか?とLINEが来た。今病院にいて、恐らく入院です、と返すと、

「入院期間が分かったら教えてください。重要なので。」

と返って来た。そうだよな、試合とかあるだろうし。また、夫からも連絡が入り、今からこっちに来ると言う。来ても次男には会えないだろうし、私の事だけ迎えに来ても仕方がないのにと思ったが、いいと言っても来ると言う。確かに、重たい荷物もあるし、心強いか。何せ、ここから駅にたどり着けるか心配だし。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る