第9話 救急車を呼ぶ
「ここに学校の住所が書いてありますから。」
保健の先生が、学校の封筒を持ってきてくれた。私はスマホで119番通報を。
何度も頭の中でシミュレーションしてきた。電話が苦手というか、トラウマだらけな私。通報なんてできるとは思えなかった。夫が手の指を切ってしばらく血が止まらなかった時、私自身のお腹が痛くて動けなかった時、119番通報をするかも、と思っただけで心臓はバクバク、手汗はどっと出て、とてもできる気がしなかった。けれども、最初に「火災ですか、救急ですか」と聞かれるから、「救急です」と答える所から始まるのだという知識はあった。
さて、今は不思議と心臓はバクバクしていないし、手に汗も握っていないし、足もがくがくしていなかった。歳と共にあまりドキドキしなくなったのは確かだ。そうやってもろくなっていく血管と共に変化して、体を守っていくのだな、と妙に納得してしまうが、今回は歳のせいだけでもなさそうだ。妙に落ち着いている。苦しむ子供を前にして、肝が据わっていると言うか、そうだな、救急車に来てもらいたいと心から思っているからかもしれない。
119を押して電話マークを押し、耳に電話を当てるとすぐに出た。
「火災ですか?救急ですか?」
火災だったか火事だったか、そっちは覚えていないが、とにかくシミュレーション通りの問いかけが来て、
「救急です。」
と、落ち着いて答えられた。
「住所を教えてください。」
次にそう聞かれ、封筒を見ながら住所を言う。
「あなたのお名前を教えてください。」
来た。何とか、言える。私は名前を名乗るのが苦手なのだ。それからやっと、
「どなたがどのような症状ですか?」
と聞かれた。
「息子が腹痛で、のたうち回っています。嘔吐もしています。」
と答えた。のたうち回っているというのは大げさかもしれないが、まあ、似たようなものだろう。
それから、ここが学校だという事は住所の時にも伝えたので、先生は承知しているかと聞かれ、門のところで誘導をお願いしてくださいと言われた。そして、もう一度住所を聞かれた。確認の為だろうか。
電話を切って、思わず次男に、
「初めて救急車を呼んだよ!」
と言ってしまった。ほとんど反応はなかったけれど。そこへ保健の先生が現れたので、
「人生で初めて救急車を呼んでしまいました。」
と言ったら、先生も、
「私も、学校に救急車を呼ぶのは初めてです。」
と言った。あれ、学校にはよく救急車が来るものだと思っていたが、高校だとそうではないのか、と思った。この先生は若いから、それほど経験がないのかもしれないとも。だが、後で次男に聞いたところによると、この先生は今年から着任したそうで、その前にはこの学校にも救急車は来た事があるそうだ。え、私が前に次男を迎えに保健室を訪れた時の先生、この先生ではなかったの?と、後になって愕然とした。この時はてっきり初対面ではないと思っていた。
保健の先生が、外に続く扉を開けた。開けた事がないのか、片方しか開かないと言ってガタガタ言わせていたが、そのうち全部開いたようだった。寒い日ではなくてよかった。
保健の先生から、折り返しの電話が来ると言っていませんでしたか?と聞かれて、言われていないと思ったが、やっぱり電話が掛かって来た。知らない人から来たと思って一瞬躊躇してしまったが、出た。女性の救急隊員から、救急車の中から掛けていると言われ、次男の生年月日とか、前日に生ものを食べたかとか、コロナワクチンはいつ頃接種したかとか、色々と聞かれた。そうして、救急車はすぐに到着した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます