第15話 囚われた不死の少年(1)


 それは、ユルのために用意された場所だった。

 

 きっと本当は外に繋いでおきたかっただろうが、肉の解体を女子供おんなこどもに曝すのはさすがに厭われたのだろう。粗末だが小さな天幕が一つ設けられ、その前には数人の見張りが立っている。

 首や手足に枷を嵌められ、猿轡を噛まされた状態でユルが中に入れば、運び込んだのか、その中央には太い木の柱が立てられているのが認められた。何に使うつもりなのかと思うと、ユルを縫い留めるためであった。

 

(痛い……)

 

 座らされたユルの拘束された手を吊るし、さらには腹に杭を打ち付けて上半身の動きを封じられた。さらには投げ出された足にまで杭を打ち付け、地面に固定された。

 すると突然に入口の垂れ幕が開け放たれ、灰白色の目の男と数人の他の男、そして黒装束のシュウジュが姿を現した。

 

 ノランバートルは言い放つ。

「さっそく始めよ」

 

 ふと、ユルはノランバートルの腕の中にひとりの女童めのわらわの姿を認めた。まだ五つくらいの幼兒で、ぐったりとして眠っている。その手足の指先は黒ずみ、何やら呼吸が荒い。

 部下の男たちにも一切の優しさを見せたことのないそんな女児を大事そうにノランバートルが抱きかかえている。だからユルはすぐに察した。 

(なるほど。家族の治療か)


 ノランバートルは幼兒を抱えたまま入口近くで待ち、他の者たちがユルを取り囲む。その手には革を裂き肉を断つための刀と肉をいれるための器があった。

 眼前で立ち止まるとシュウジュがユルを見下ろし、吐き捨てる。

『哀れよの、生き餌人いきえびと

 ユルは何も返さない。言い返したところで何も変わらないことを知っているからだ。

 だがシュウジュはそんなユルを気に入らなかったのか、皺くちゃの顔で眉間の皺をさらに増やし、「ふん」と鼻で嗤う。そしてやおら他の筒袖の男たちへ視線を送り、

『これではバラしづらい。横にしてはくれまいか』

『へいへい。わかりましタヨ』

 答えたのは魚露目で小柄な男、チヌアである。彼は他の男たちへ通訳し、指示を出すと、男たちは頷いてユルを縫い留める杭を引き抜いた。

 

「うっ――!」

 ユルの手や足がビクンと跳ねる。

 

 引き抜かれた勢いで鮮血が飛び散り、鋭い痛みも走る。腹と足両方とも外されると、間を持つことなく地面に叩き付けられ、今度は地面に縫い留められる。なるほど、ノランバートルという男はあの黒装束たちよりもうんと慎重な気質らしい。腹の穴も足の穴も塞がれるより前にまた、穿たれた。

『あの病では、ある程度の肉の量がいる。あの進行具合では心の臓は強すぎる。腿の肉を削ぎ落とすのがよい』

 とシュウジュは言う。

 

 すると男たちはチヌアの通訳と指示の元、脚を押さえ付けた。先ずは衣服を割いて、ユルの赤銅色の素肌を晒し、そしてつぷり、と右脚の表面に刃を入れる。そしてそのまま勢いよく強く押し込み肉を穿つ。そのまま下に引き、ある程度進めば横へ薙ぐ。その都度ぶちぶちと肉や血管の断たれる音が鳴り響き、そして鈍い痛みが全身を駆け巡り脳髄を焼く。

「――――――!」

 ユルは目を見開いき、身體を仰け反らせた。たったの二日程度しか間を空けていなかったというのに、その痛みとは何年も無縁だったような、そんな感覚なのだ。ゆえに、いつもより痛みが激しいような、そんな感覚に囚われる。

 

 ようやく脚の肉が削ぎ落とされると、その肉を筒袖服の男のひとりと黒装束のシュウジュがノランバートルの元へ運んだ。

 シュウジュは腿の肉から血を抜き、別の器にその血を垂らす。

『先ずは血だけを飲ませてみよ』

 その真っ赤な血をじっと見詰めて、ノランバートルはぎろりと灰白色のまなこでその初老の男を睨め付ける。

『老人、巫山戯た真似をしたら即刻斬るからな』

『こちらも命が関わっているゆえ、妙な虚言を申したりせん。それよりも、その病は急ぎ治さねば手遅れになる』

『解っておる』

 短く答えると、ノランバートルは抱きかかえていた女童めのわらわに自らそのユルの血を飲ませた。

 

 すると、少しだけ荒い呼吸が収まり、うっすらとその目を開く。

「とーさま?」

 甘く、幼い児童こどもの声だ。あの幼兒はノランバートルの娘だったらしい。ノランバートルはほっとしたように僅かに目元を緩めると、

「この肉を喰め。薬だ」

 と言って器の肉を切り分けて娘の口元に運ぶ。その児童こどもは弱々しくその肉を数度噛み、ごくんと飲み込むと、小さな声で言葉を継いだ。

「あまい……ふしぎな味ね、とーさま」

 ユルの肉は蜂蜜のごとき甘い味がする――黒装束たちは時おりそう言っていた。あの女児がそう言った、ということは黒装束たちの言葉はまことだったのだろう。

 

 ノランバートルは娘の指先の黒ずみがみるみるうちに消えていくのを見て思わず「おお」と声を上げ、さらに言葉を加えた。

還砂病かんさびょうにも効果があるとは……あれの効能は確からしいな」

 それに対し、別の国の言葉でシュウジュは言う。

『眼球が溶け、身體が半分以上失われてからでは完治しづらくなるゆえ、気をつけられよ』

 無言でノランバートルは「了解」を示した。素直に肯定の意を表すのが癪だったのだろう。ノランバートルはふん、と鼻を鳴らすと前方にいる男たちへ

「他の肉も回収し、ついでに骨も数本切断せよ」

 と命じてさっさと天幕を後にした。

 

還砂病かんさびょう

 

 それはユルの知らない言葉だ。手先が黒ずんでいる程度でもかなりの肉を使っていたので、重病なのだろうが、それが何なのかをユルは知らない。

 ユルはまた抑えつけられた。他の肉も、と言っていたので、可能な限り根こそぎ回収するつもりなのだろう。黒装束たちもよくそうしていた。あの肉は薬として「売れる」らしいので。

 

「うぐ!」

 猿轡のため、くぐもった声でユルは叫んだ。また脚に刃を突き立てられたのである。

 それからは何度か意識が飛んだ。いつの間にか失禁までしていたらしいが、それには気づかず、痛みに慣れたのは脚の血肉と骨を全て回収され、腕を切断され、腹の杭を抜かれて臓物まで引きずり出された頃だった。

(あのひとはいまごろ、なにしてるかな)

 ぼんやりとした視界の中、ユルは何も映さない天幕の天井を見上げていた。

 

(あの目を、みたいなあ)

 許されるならば、声だけでも聞きたい。そう、意識の端で思い――ユルの意識はふつり、と閉ざされた。


 

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