第20話 忘却
目を開けると何とも可愛らしい寝顔をした悠人さんがすやすやと眠っていた。
思わず頬をツンツンすると、目を覚ましてしまう。
「あっ、ごめんなさい...」
「んっ?...おはよう...」
「今日面接ですよね?頑張ってください。今日は夜ご飯気合い入れて作りますね?」
「うん...。上手く行ったらお願いしちゃおうかな」と、私の胸に頭を擦り付ける。
「あらあら、今日はエッチさんモードですか?」
「...ごめん」
「いいですよー?いくらでも擦り付けてください」
そうして、少しダラダラしながら準備をして、久しぶりにスーツに着替えて「行ってきます」と残して家を出るのだった。
そのまま悠人さんを見送ったのち、いつも通りに家事を始める。
悠人さんにはああ言ったけど、私の中ではまだ迷いがあった。
働くということに関しては確かに悠人さんのいう通り、もう少し休んでもいいかななんて思ったけど、母親の件に関しては解決どころか前より悪化している可能性すらある。
買い物に行く時もなるべく自分の姿を隠さないと、なんて思っていた。
貰った指輪を舐めるように眺めながら準備を始める。
そうして、フードを深く被り外に出かけると、スーパーの近くに見慣れた車があることに気づく。
それは...あいつの車だ。
14-58というよく分からないナンバーをつけた、無駄に大きな車。
いつも見ていただけで私は一度もその車に乗せてもらったことはなかった。
思わず、凝視してすこし後退りをすると、ドンと人にぶつかる。
「ッて...」
「す、すみません」と、反射でそう言ってしまう。
その声だけで分かった。
これは...あいつの声だ。
その瞬間、思わず体が硬直する。
「何してんの?はやくいこー」という、甘ったるい気持ちの悪い声が聞こえる。
そのまま、私を無視して歩き出す2人。
気づかなかった...?と、少し安堵していると、彼氏の方が足を止める。
その動きはまるで何かに気づいたかのようだった。
名探偵コ◯ンのような展開に冷や汗が溢れ始める。
そして、振り返った男は私に一言いうのだった。
「みーつけた」
その瞬間、私は震える足で走り始める。
すると、それに合わせてあいつらも私を追い始める。
相変わらずバカな母は何が起こっているかも分からないまま、とりあえず走っているようだった。
私はそのまま地下に降りて、人ごみに紛れる。
日頃の不健康が祟ってか、奴らはすぐに体力がなくなったようで、だんだんと距離が離れていく。
そうして、そのまま距離を離してある程度まで行ったところで、手を膝について肩で息をする。
死ぬかと思った。
私はあいつらから逃げられない。
そうだ、逃げられないんだ。
その日は豪華な料理を作ったのだが、どんな味がしたか覚えていない。
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