第19話 結婚
家のドアの前でゆっくりと深呼吸する。
そうして、気合を入れてから家に入る。
何事もなかったように振る舞う。
そして、時間が経ったらこの家を...。
これ以上迷惑はかけられない。
そう自分に言い聞かせた。
「...た、ただいま...」と、つぶやく。
「おかえり。どうだった?」
「えっと...あんまり上手くできなかった...」と、少しぎこちなく笑うとスタスタとこちらに歩いてきて、私のことをギュッと抱きしめてくれた。
「大丈夫だよ」と言いながら、ぽんぽんと頭を優しく撫でてくれた。
その瞬間、怖かったことや不安なこと早く会いたかったことの全てが溢れて私は涙を流してしまう。
「大好きっ...!悠人さん...ッ!離れたくないッ...」
「...大丈夫。俺はずっと一緒にいるから」
「でも、でも...ッ!私が一緒にいたら...いつか迷惑かけちゃうからッ...!」
すると、悠人さんはさっきより力強く私を抱きしめた。
「...迷惑なら俺もかけちゃってるし。だから、何も気にしなくていい」
何があったかも聞かずにただ優しくてくれる悠人さんがやっぱり好きだった。
◇
「いいところ見つかったから来週あたり面接行ってくるね」
「わ、私も...また探しますね」
「...葵ちゃん。一個お願いしてもいい?」
「なんですか?」
「...しばらくお仕事はしないでほしい」
そう俺が告げるとお皿を洗っていた葵ちゃんの手が止まる。
「...でも...」
「...お願い。俺は...葵ちゃんとできるだけ一緒に居たいんだ。笑って過ごせるそんな日々を過ごしたいんだ」
すると、洗い物の手を止めて葵ちゃんが俺の横に座る。
「...一緒にいるために私は頑張らないといけないんです」
「今頑張らないとダメなのかな?」
「...はい。今、頑張らないとダメなんです」と、また辛そうな顔をする。
そんな顔見たくないんだよ。
葵ちゃんにはずっと笑っていてほしい。
俺は立ち上がり、カバンの中から一枚の紙を手渡す。
「...これ」
証人に玄太と川上の名前が書かれた婚姻届を彼女に手渡す。
「...結婚しよう、葵ちゃん」と、ポケットからあるものを取り出す。
すると、目に涙を浮かべる。
最初の頃は無気力でなんの生気も感じられないような無表情だった葵ちゃんが、最近は笑ったり泣いたり喜んだり悲しんだり...。
いろんな葵ちゃんを見ることができた。
そんな葵ちゃんのこといつの間にか好きになっていた。
箱を開けて取り出した指輪を彼女の左手の薬指にはめる。
「...ピッタリだね。良かった...」
「...なんで...このタイミングで...」
「ごめん、空気読めなくて...」
「ち、違いますッ...!...私...悠人さんに迷惑かけたくなくて...ッ...。もう一緒にいちゃダメだって思ってたのに...ッ!」
「...そんなことないよ。一緒に居てほしい。迷惑なんていくらでもかけていいから、隣にいてほしいんだ」
「...でも、でも...ッ!」
「葵ちゃんは...俺のこと好き?」
「好きに決まってるじゃないですかッ!ずっと...好きに決まってます...」
「そっか。じゃあいいんだ。何も考えなくていい。俺もたくさん迷惑かけると思う。今回の入院の時だってすごく迷惑かけたし。それでも毎日お見舞いに来てくれて、家のこともやってくれて...。俺の方こそ、本当に悪いと思ってる」
「迷惑なんて...悪いことなんて何もないです...」
「俺もそう思ってるから」
すると、今日あったことをポツポツと話し始める。
コンビニでの面接のこと、母親と鉢合わせしそうになったこと、葵ちゃんを探していること...。
「そっか...。やっぱり外にはあんまり出ない方がいいと思う。無理して働かなくて...ううん。働かないでほしい」
「...でも」
「その分俺が頑張るから。俺が頑張った分、俺をことを癒してほしい」
「...でも」と、言いかけた口を塞ぐ。
「んっ...//」
「ずっと、そばにいてほしい」
「...はい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。