第4話 照れる

「...お前さぁ...これ何?」


「えっと...すみません。直します」


「...はぁ。3日休んで頭ボケたか?ったく」


「はい。すみません」


「クビにしてやろうか?そしたら一生休めるぞ?良かったな」


「...すみません」


 いつもの日常。


 社会人になって初の3連休で心を休めている間に起きた、非日常的な出来事で忘れそうになっていたが、俺はペンタゴンブラックより黒い会社に勤めていたことをようやく思い出す。


 それでも、今は少しだけ心の頼りができたことは素直に喜ぶべきなのだろう。


 ◇昼休み


「おっす、悠人」と、同期の大坂おおさか玄太げんたが話しかけてくる。


「...おう」


「どうだったー?三連休は」


「まぁ...うん。あっという間というかなんというか。バタバタしている間に気づけば三日目の夜だった気がしなくもない」


「んだよ、それ。ぜーんぜん休めてないじゃんか。けど、今日はちょっと顔色いいな」


「...そうか?朝からミスしまくりでなんかもうね...」


「おっ、そこからの言葉は今日の飲みできいてやる」


「悪い。飲みはきつい」


「ん?先約ありか?珍しいな。...もしかして女か?...ってそんなわけ「そんな感じだ」


「...はぁ!?なんだよそれ!?抜け駆けか!?くっそー!どこで出会ったんだよ!何歳の子!?」と、口からご飯を撒き散らしながら迫って来る玄太。


「ちょっ、汚っ」


「わりわり。お前が女できたというからつい...。女とかキョーミないって言ってなかったか?」


「...まぁ、あんま興味はない」


「...なんでそんなやつに彼女ができて俺にできねーんだよ。写真とかねーの?」


「...ないな」


「お前なんか怪しいな。もしかして...人妻とか?」


「ちげーよ。そんなわけねーだろ」


「そっかー。飲み無理なんかー。んじゃ、ここで話すしかないなー。転職だろ?」


「そうだな」


「確かにうちブラックだしなー。恋人との将来を考えるならしっかりしたところで働きたいよな」


「...うん」


「よし、一緒にやめるか」


「...いや、一緒にやめる必要はないだろ」


「そうなんだけどー。ほら、俺もやめるきっかけが欲しかったというか...。どこかで踏ん切りつけないとずーっと繰り返すんだろうなって」


「...そっか」


 けど、このブラック企業がそんな簡単にやめされてくれるわけがないことは容易に想像がついた。


「...とりあえず、詳しい話はまた今度しようぜ」


「おう。その時には彼女の写真くらい用意しとけよー」


「うい」


 そうして、いつものように残業をして家に帰るのだった。


 ◇帰宅 PM9:12


 これでもいつもより早いんだよなー。

いや、本当狂ってるよな...。


 そんなことを思いながら帰宅すると、そこにはエプロンをした葵が待っていた。


「おかえり。もう少しでできるから待ってね」


「ただいま。...って、帰る時間に合わせて作ってくれてたのか?」


「うん。あったかいの食べてほしいし。けど、あんまり料理自信ないから美味しいかはわからないけど...」


「ありがとうね」


「ううん。いっつもこんなに遅いの?」


「...これでもいつもよりは早いんだけどね」


「...ブラック?」


「そうだな。漆黒企業だな」


「それはちょっとカッコよさそう」


 このかっこよさがわかるとはなかなかやるな。


 用意されたご飯はなかなかバランスの取れた食事だった。

白米、味噌汁、サバの味噌煮、ナムル、卵焼き、生姜焼きが1枚。


「...すごいな。いっつもカップ麺だけだったから...」


「そんなんじゃ余計、体壊しちゃいますから。これからは節約しながら健康的な食事を心がけましょう。私も家事と内職的なのしようと思ってるで、できるだけご迷惑かけないようにするので」


「...無理しなくていいよ。少しずつでいいから。一応、貯金もあるし」


「あと...これ...」と、申し訳なさそうに婚姻届を渡される。

そこにはすでに彼女の名前が書かれていた。


「...もらってきてから気づいたんですけど、これ証人が必要らしくて...。ないと受理してくれないらしいです」


「...そういえばそんなのあったな」


「...私、証人になってくれる人とか...居なくて」


「なるほど。...確かにそれは困ったな」


 俺の方は玄太にでも頼めばいいとして...。

この子は...。

けど、ひとまず保留...って言ったらすごい不安になるんだろうな。


「...知り合いに頼んでみるよ」


「ごめんなさい」


「気にしなくていいよ。できるだけ早く書いてくれる人探すから」と、頭にポンと手を置くと眉を掻きながら少し照れる葵であった。

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