第3話 初夜

「じゃあ、話してください」と、布団の中で葵が呟く。


「...話してくださいって言われても...何を?」


「まずは...生年月日から?」


「1995年6月15日生まれ」

「私は2006年6月1日生まれです」


「...血液型は?」


「O」

「私はA型です」


「趣味は何ですか?」


「...ゲームとか?」

「私も同じですね。あとは読書とか」


「初恋はいつですか?」


「...小4」

「私はしたことないです」


「その子はどんな子でしたか?」


「どんなって...大人しくて優しい女の子だった」


「どういう外見の女の子がタイプですか?」


「どういう...」


「髪の長さとか、幼い方見た目のほうが好きとか、年上のお姉さん的な人がいいとか」


「...髪は...長い方が好きかな。見た目は...まぁ、幼い方が好きかも...」

「そうですか。じゃあ、年下である私はタイプってことですね。嬉しいです。ちなみに私は包容力がありそうな優し人が好きです。つまり、悠人さんが好きです」


「...う、うん」


「なんですか、その微妙な反応。改めて質問しますね。私はタイプですか?Yes or はい」


「それ一択だし」


「いえ、選択肢は二つですよ。結果が一緒なだけで」


「...まぁ...はいだな」


「よろしい」


 嫌な言葉が頭をよぎる。

少し昔に言われた『あんたのことなんか』という言葉。

随分昔に言われたのだが、今でも鮮明に思い出すことができるそんな言葉を。

 

「...明日、婚姻届取ってきます」


「...おう」


「本当にいいんですか?私なんかと結婚して...。私、重いですよ?」


「別に。俺も...重いと思うし」


「...それにすごくエッチだと思いますよ?」


「それは...まあ...俺もだから」


「じゃあ、今はすごく我慢していてくれてるってことですか?」


「...そうだな」


「そうですか。それは立派です」


「...けど、俺を好きになった人なんていなかったから...」


「私は好きです」


 違う。

彼女のそれは好意ではなくきっと依存だ。

昔の俺があの子にそれを求めたように。

それは愛ではなく哀であり瞹だ。


「悠人さんは告白したこととかありますか?」


「...ある。...けど、この話はまた今度でもいいか?」


「...はい。...じゃあ、今日はこのまま一緒に寝ましょうか」というと、背中に密着してくる。


 胸が背中に当たる。

これがアニメで見ていたあの伝説の背中におっぱいか。


「...ちかいんだが」


「近づいてるので」


「...寂しいのか?」


「...いえ。怖いんです。朝目が覚めたらこの夢が覚めてしまうんじゃないかって...だから...」


「そっか...」


 夢か。

彼女にとってはそうなのかもしれない。

人生で初めて差し伸べられた手。

そんなの夢だと思ってしまってもおかしくはない。


 それより問題なのは俺の方だ。

この先どうするべきだ。

本当にこの子を匿って生きていくのか?一生?

それは本当にこの子のためになっているのか?

俺はこの子に何をしてあげられる。


 そんなことを考えているうちに初めての人のぬくもりに包まれながら眠りにつくのだった。


 ◇朝


「おはようございます」と、俺より先に起きていた葵ちゃん。


「朝、早いね」


「はい。いつもこの時間には起きていたので。朝は何食べますか?」


「まぁ、あるものでいいよ」


「では、朝食らしくあっさりとしたものを作りますね」と、気合を入れる葵ちゃん。

どうやら料理は得意らしい。


 それから昼くらいまでのんびりと過ごしていた。

適当にテレビで入っているサブスクのホラー映画をつけていると、興味津々で隣に座る葵ちゃん。


「ホラー好きなの?」


「あんまり見たことないです。怖いのはむしろちょっと苦手かもですけど、悠人さんとなら見れる気がします」


「...じゃあ見てみる?」


 彼女は俺の腕にずっとしがみついていた。

どうやら怖いのは苦手らしい。


 それからの二日はとても幸せな日々だった。

特別なことは何もしなくても、彼女と一緒にいるだけで、特別に感じた。

付き合うとはこういうものなのか。


 なんだか周りのカップルはいつだって喧嘩していて、ギスギスしている感じなのだが、葵ちゃんとはどうやらそんなことにはなりそうになかった。


 彼女ができたことないからからすれば、1人は楽だと思っていて、誰かと生活するのは窮屈だと思っていたが、その考えは間違っていたと感じた。


 そうして、あっという間に三連休最後の夜がやってきたのだった。


「あぁ、仕事か...」


「頑張ってください。家のことは私がやるので。あっ、お弁当作りますか?」


「弁当...。いや、いいよ。無理しなくて」


「無理はしてないです。不健康なものを食べてはダメですよ。明日からは私がお弁当作りますね」


「おっ、おう...」


「...うざいって思いました?」


「いやいや、思ってないよ。ただ、迷惑かけちゃってるなと」


「迷惑なんかじゃないです。好きですから」


「そっか」


 人から好きと言われるのはこんなに嬉しいものなのだなと俺は思った。

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