前略〜マッチョ〜

 やあ、迫りくるマッチョへの対応を時が止まったかのような感覚で試行錯誤しているテンちゃんだよ。

 重力魔法で弾き飛ばしたら大変なことになるし、受け止めるにはマッチョすぎるかな。なので素直に身を引いて躱します。

 この間コンマ数秒。


「どあああああ!」

「え、なに? 怖……」


 飛んできたマッチョは私が扉を開けたせいで外まで飛んでいき、道を転がって動かなくなった。

 道行く人々が二度見しているがその気持ちとてもわかる、私なら道にマッチョが転がっていたら四度見はするだろう。


「力の差わかったかおらぁ!」

「エンバーが勝ったぞー!」

「しゃあ!」


 喧騒の止まないギルド内を見ると多くのマッチョが集まって真ん中のマッチョを褒め称えている。

 こんなマチョマチョした空間に私は足を踏み入れられるのか? とっても可愛い女の子なんですけど。


「ん? おい客だぞ、お前ら騒いでねえで道開けてやれ! すまんな嬢ちゃん、馬鹿騒ぎしててよ」

「いえ、あ……大丈夫ですぅ」


 入口近くにいた周りと比べてあんまりマチョくない冒険者の人が声をかけてくれて、退散したマッチョの視線を感じながら私は受付まで進んだ。

 内装は酒場みたいな場所で机と椅子が並んでおり、奥にはカウンターがあって入って右の壁には紙が貼り付けられた大きな掲示板がある。そこは想像通りのギルドって感じだった。


 でもマッチョの視線が痛え痛え……。

 悪い人はいないよって聞いてたのに開けて一秒でビビリまくってますよ、しまいにゃ漏らすぞ?


 でもこんなところで失態を犯すわけにはいかないので、カウンターまでなんとかたどり着いた。

 受付嬢さんがニコニコしててかわええわぁ……なにここオアシス?


「商会の方ですか?」

「はい、回復ポーション二十本の配達依頼で来ました」

「お疲れ様です、受け取って確認しますので少々お待ち下さい」


 カウンターに箱を置くと、持ち上げた受付嬢さんが奥へ行こうとしていた。

 マッチョ……じゃなくて待って私のオアシス!


「あの……!」

「はい、なんでしょうか?」


 やば、つい声に出して呼び止めちゃった。黙ったら変だしなんか適当に質問しておかないと。


「ギルドってお金稼げます?」

「うーんそうですねぇ、端的に言えば実力によります。高ランクの方は後々領主になるほどですし、入りたての方なら月に小銀貨二、三枚稼げれば御の字といったところでしょうか?」


 ってなると年収は中銀貨一枚にも満たない……ランク制度はわからないけどあまりいい仕事とは言えないな。


「なんだ嬢ちゃん、商会からこっちに鞍替えか?」

「あ、ども……できれば兼業したいんですけど」


 振り返るとそこにいたのは中年かつ中マッチョといった冒険者。動きやすそうな服に大きな剣を背負っていて、背が高めだ。


「贅沢な話だな、でも隙間時間に小遣いぐらい稼げるぜ。嫁さんに黙って歓楽街に行く金稼ぎに来るやつもいるからよ」


 がっはっはと笑う冒険者は結構人が良さそうに見える、この人にもう少し詳しく聞いてみるか。


「お兄さん、ちょっと興味あるから教えてよ」

「やめろよ、お兄さんって年じゃねえや」

「じゃあおじさん?」

「……グレイマンだ、グレイって呼んでくれ」


 というわけで、ベテラン冒険者らしいグレイさんにギルドの話を聞くことになった。

 ポーションは検品中なので待機時間を有効利用、テンちゃんは時間を無駄にしないのよ。


「ギルドのメリットは三つある。まず仲間ができる、次に夢がある、最後は自由!」

「夢ですかぁ、グレイさんは?」

「ガキの頃はS級が夢だった、やる気のある若いもんは大体それだよ」

「ちなみに一人で生活できるレベルはどのぐらいです?」

「最低でD、余裕ができんのはC。慎ましく生きてりゃDで苦労しねえが、俺たちゃ我慢を知らねえんでな」


 ってことはDまで上がれば商会と兼任で結構余裕はできそう……長い目で見ればギルド加入もやはりありか? ただ昇級までの期間で使える時間を商会の仕事に当てれば早いうちに金は手に入る。迷いどころだな。


「あと歓楽街で遊ぶのもやめらんねえな、若い姉ちゃんと飲む酒は格別に美味えんだよ!」

「私ギルド入りまーす」


 若いチャンネー? 聞いてない聞いてない、私はただ将来のことを見据えただけだよ。そもそも魔法使いだから苦労することなさそうだし、手っ取り早く昇級! 稼ぎまくってウハウハよ。


「なんだ入んのか? ならカウンターのメインに言いな、身分証と中銅貨三枚でギルド証貰えっからよ」

「ありがとうグレイさん、今度お酌してあげる!」

「そりゃ嬉しいねえ、ギルドにも花が出るってもんだ」


 カウンターの前までいき受付嬢のメインさんが戻ってくるのをいまかいまかと待っていると、代金と紙を持って奥から出てきた。


「お待たせしました、こちら納品証明書になります」

「ありがとうございます、あとギルドに入れてください!」

「え? 商会の方ですよね?」

「兼業します! お金稼ぎたいので!」

「わかりました、では身分証と中銅貨三枚をお願いします」


 私は首から下げていた身分証を渡し、袋から銅貨を出してカウンターに置くと確認したあと身分証のチェーンに新しいチャームが追加された。

 交差する剣のマーク、ギルド証だ!


「ではギルドのご説明を――する前に商会に戻って納品証明書を渡して来てください。なくすと大変ですから」

「はい、すぐ戻ってきます!」


 冒険者という称号も手に入れてしまった私は、急いで商会に戻るべくギルドを飛び出した。

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