謂れのない暴力

 ─1─


「海獣の瞳……?」


 聞いたこともない、覚えのない名称。そして何よりその記憶に無いものの為に、自分が今置かれている状況が理解できなかった。


「な、なぁ、ダイン!絶対誰かと勘違いしてる!俺はマジでそんなの聞いたことないし、ダインとだって初めて会った!一回落ち着いて話そう!」


 焦った様子でそう言いながら、ショウマは次の一手を考えていた。


「…ここまで来ると清々しいぜ。お前ほどの邪悪は久々だ。俺は生来自分のことを善人だと思ってるんだが、オメェ相手なら躊躇なく撃てそうだ。」



(狭いな…。いっそ全部吹き飛ばすか…?店主もグルなら悪かねぇ案だろ…)


 ショウマは一応店の損害まで考慮した上で次の行動を取ろうとしていたが、その気遣いは取り越し苦労だった。


「お前ら!──────


 ───やっちまえ。」


 ダインの合図と共に、背後で待機していた男達が一斉にショウマへと襲いかかる。ある者は湾曲した刃物を、ある者は無骨な銃を構えたまま、一人の少年へ尽く迫る。



「あぁはいはい…もういいや───



 ───そっちがその気なら、こっちも容赦しない。」



 ───ショウマが目を閉じた。


 ───集中。周囲の雑音、恐怖…その全てをシャットダウンする。


 視界を瞼に遮られ、ショウマの意識は己の内へ向かう。向かう先にあるのはただ一つ。己が最強であると信じた、たった一つの人物イメージのみ。


「───想起開始───」


 ショウマの左手からバチバチと音を立てながら強い光が発生する。


 光は徐々に光量を増やし、彼の手のひらでカタチを成して行く───


 ───ただ一つ。彼が最強だと信じた人物が振るった一振の剣。その想像を形にする事。


 それが、この世界で菅生将真ショウマに許された、たった一つの権能だった。



 強い光がショウマの左手を中心に発光し、一瞬だけ辺りを覆い尽くした。


「チッ……目眩しか……逃がさねェぞ───


 ───オメェらァ!!!」


 ダインが目を腕で多いながら再度仲間達へ合図を出すが…。




「ごはっ!?」


「おぅッ…!?」


「ぐへぇ………!!」



 鉄同士がぶつかり合う様な甲高い音、人の体を殴打した様な鈍い音と共に、苦しそうな声が次々と店内に響く。



「!?何が起こってる…?」


 視界が戻り、ダインが辺りを見渡した。



「な………!」



 ダインの目線には一人として立っているものはいない。


 ───ただ一人を除いては。



「やっぱオメェじゃねぇかよ……その強さ、間違いなく海獣の瞳を奪って…ハンナを殺した……!!!───あの時と同じだ…!!!」



「10人…いや12人か。骨がねぇな。」


 左手に美しく湾曲した片手剣を握っていたショウマが、その場にいた12人の盗賊団全員を切り伏せてなお背を向けたままダインを挑発した。



「もう一度言うぜ、ダイン、一回落ち着いて話そう。」




 ─2─


 目の前の人物が、間違いなく自分からを奪った宿敵だと認識わかって。


 ───それでなお落ち着いていられる様な冷静さがあったのなら…。



(俺ァ…きっともっと上手く、器用に思いを伝えられたハズなんだ…。)


 ───だから!



「この状況で!!!落ち着いていられるかってんだよッ!!!!!」



 ダインが激高し、ショウマに向かって銃口を向ける。そのまま放たれた三発の銃弾に対し、ショウマは避けること無くダインの元へ突進した。



 一発目の銃弾を上方からの一振で切断する。


 鈍い金属音が周囲に響き渡るのとほぼ同時に、二発目の銃弾がショウマの顔面へ向かった。


「ッ!!!!」


 体勢を反らしてそれをギリギリ回避する。間一髪で避けた銃弾はショウマの右頬を掠め、少量の血を掠めとって後方へ走った。


 そして三発目───



「避けれねぇ……なら!!!!こう!!!」


 三発目の銃弾がショウマに着弾するのとほぼ同時に、ショウマの周りで電撃に似た光が走った。それとほぼ同時に光は銃弾を食ってダインのもとへ直進する。


「ンな!?はや──────!!!」


 光はダインを巻き込んで背後のカウンター席を破壊し、そのまま厨房を突きぬけて壁を抉った。


「───瞬光一閃…。」


 ショウマの放った技は、左手に持った剣を起点に雷を発生させ、光と共に前方へ駆ける突進技───瞬光一閃。一直線にしか向かう事ができず、外せば隙だらけになるという欠点はあるが、間合いにさえ入っていればまず回避する事は不可能な必中の雷撃技である。


 剣をダインの首元で止め、ショウマはダインに覆い被さるような体勢で問い詰めた。



「電気食らって少しはアタマすっきりしたか?肩凝ってっと血流が鈍るから、頭も回らなかったろ、オッサン。」


「へ…へへ……。そっちは視野が狭くなってんじゃねぇか…?」


「は……?」


 違和感を感じたショウマが背後を振り向くより少し早く、立ち上がっていたダインの仲間がショウマの後頭部に銃を突きつけていた。


「……大人しく…しろ………。」


 万事休す。流石にこれ程の至近距離で銃口を突きつけられては回避のしようが無い。


「チッ………。」


 発現させた剣を地面に落とし、ショウマは両手を上げた。


「ようし…そのまま立て……ったく派手にやりやがって……行きつけまで奪いやがったなオメェ…。これじゃ暫く店は開けられねぇよ…。」


 完全に立ち上がった後、男が後頭部を銃口で押す形でショウマを移動させた。



 ゆっくりと、刺激しないように歩く。


 一歩…二歩……三歩………。


 壁際を正面にし、背には突きつけられた銃口。その状態で立ち止まったショウマにダインの勝ち誇った声があがった。


「へへ……観念しやがれってんだ…さっさと盗ったもん出せ。出さねぇなら殺して取り返す。これはせめてもの慈悲だ。本当ならもっと無惨に蜂の巣にしてやりてぇとこだけどな。」



 ショウマは暫し沈黙してから少し俯いて答えた。


「だから、俺はそんなモン持ってねぇ。何回でも言うけど絶対勘違いだ。」


「…ならお前の口に聞くのは止めだ。」


 ダインがあごで合図を出すように、背後でショウマに銃口を突きつけている男へ射撃命令を出す──────



「───悪く思うなよ……。」


 ───男が引き金を引く、それより少しだけ早く───


 ───ショウマは先程地面に落とした片手剣を消滅させ、再度自分の手元で発現させた。



「───何!?」



 バチバチと音を立て、再度発光したショウマの左手の光に思わず男は目を背けた。


「隙ありぃ!!!」


 ショウマは振り返りざまに剣を男の銃に向かって振り下ろし、それを切断…そのまま勢い良く右足の蹴りで男を突き飛ばし───


 ───流れるような動きで再びダインへと斬りかかった。


「───チィ!!!器用なヤツめ……!!」


 ダインが再度銃口を向け───



 ───ショウマはダインを間合いに入れる。


 銃口からの発砲、ショウマの上方向からの斬撃───それらがほぼ同時に始点を発ち……。




「ふぅ………あっ………ぶねぇ………間一髪だ……。」



 再度仕合に王手をかけたのはショウマであった。



「オメェ…その武器一体どこから出し入れしてんだ…さっき分かりやすく地面に落としたのはわざとだな?フェイントへの布石だったワケだ───


 ───へへっ……わかったわかった、オレの負けだよ。斬るなり身ぐるみ剥がすなり好きにしやがれ…。」


 ダインは銃を落とし、両手をあげて降参した。


「んな事しねぇよ。俺は盗賊団じゃないんでな。何度でも言うけど海獣の瞳なんてのも知らねぇ。」



(こいつ…本当に違うってのか…?だが使う武器も扱い方も…まるで同一人物だ…一体何がどうなってやがる…。)


 ダインは少々困惑したが、この期に及んでも自分に刃を振り下ろさず、背後を隙だらけのままにしているショウマに対し、どこか信頼を芽生えさせていた。少なくとも以前自分が襲撃にあった時のような容赦の無さはこの男には感じなかったのだ。


「…わかった、まだ完全に信用した訳じゃねぇが…一回話そう。」





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