第7話 必殺魔法じゃなくちゃ

 心底がっかりしているルークのことは放っておき、魔獣の方に目を向ける。

 小さくなったというか――萎んだ? ように見える。

 かなり弱っているように見えるが、完全に浄化はできなかったようだ。


「えぇ、これ以上どうしろと。」


 正直終わったと思っていたブレアは、呆れたように声をあげた。

 さっきと同じことをもう1度やればいいのだろうか。

 時間をかけると、またさっきのように攻撃してくるだろうか。


「わかりましたよ先輩! きっとさっきのだと弱らせることはできても、完全浄化はできないんです!」


「は? 何で。」


 はっと何かに気づいた様子のルークが、大きな声でブレアに言った。

 ブレアは不思議そうに聞き返すと、ルークはなぜか自信満々に答える。


「魔法少女が敵を倒すなら――必殺魔法じゃなくちゃ、ですよね!?」


「あー…………嫌な予感がする。」


 真顔で間延びした声をあげたブレアは、嫌そうに顔を顰めた。

 やりたくなさすぎる。嫌な予感を察してしまった。


「絶対ありますよ必殺魔法! さあ、自分に問いかけてみてください!」


「必殺魔法じゃないとダメなのかなぁ……。」


 まあ、知るだけなら大丈夫だ。

 それで嫌だったら他の方法を考えればいい。

 ブレアは目を閉じて、留めになるような魔法がないか考えてみる。


「……絶っ対嫌だ、やらない。」


「え、何でですか!?」


 ふっと思い至った方法を、ブレアは大声で拒否する。

 ルークは困ったようにブレアの顔を見た。

 俯くブレアの頬が赤く染まっていて、可愛らしい。


「無理無理無理、恥ずかしすぎる! 黒歴史確定、絶対言わない!」


「やってくださいよ! ここまでの努力どうするんですか!?」


 無理ぃ~と唸ったブレアは、ステッキを地面に置き、両手で顔を覆ってしゃがみこんでしまった。

 長い髪が地面についているが、気にならないのだろうか。


「大丈夫ですか? 何がそんなに嫌なんですか!?」


「嫌なものは嫌なんだよ!」


 指の隙間からルークを見て、ブレアは強い口調で言う。

 嫌なものは嫌だ。恥ずかしい。できるわけがない。


「やりましょうよー、あいつのこと、倒せるかもしれませんよ?」


 ブレアの前にしゃがんだルークが、覗き込むように様子を伺ってくる。


「やらない。あんなことしたら僕、羞恥で自害する自信がある!」


「どんなことですか生きてくださいよ!?」


 きっぱりと言い切ったブレアだが、自信満々にそんな物騒なことを言わないでほしい。


 ルークは思った。今ブレアを説得することが、自分の使命なのではないかと。

 ブレアが浄化してくれなければ、折角弱らせた意味が無くなってしまうではないか。


 そしてなにより、必殺魔法を使うブレアが見たい。

 可愛いに決まっている。ブレアが嫌がるということは、絶対可愛いことだ。


「頑張ってくださいよ先輩。それさえ出来ればもう万事解決ですよ!?」


「うぅ~でも嫌だぁー。」


「駄々こねないでください!」


 小さな声で唸っているブレアは、よっぽど嫌なのだろう。

 ルークだって嫌がっていることを無理強いはしたくない。

 だがしかしブレアが動いてくれないと、どうにもできないのも確かだ。


「ほら、先輩が浄化するって言ったんじゃないですか!」


「言ったけど……。」


 少しだけ顔を上げたブレアが、気まずそうな目でルークを見てくる。

 確かに言ったのはブレアだが、想像を超える恥ずかしさだったのだ。


「ほら、お母さんのこと助けるんじゃなかったんですか!」


「……うん……やるしかないかあ。」


 変わらぬ声量で、しかし前向きな回答をしてくれた。

 ブレアはステッキを握って、ゆっくりと立ち上がる。


「頑張ってください先輩!」


 ピンと腕を伸ばして、再びステッキの先端を魔獣の方に向けた。

 深く深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。


「よし、も……も……。」


「も?」


 どうしても言いたくないのか、言葉を詰まらせている。

 ルークがつい声をかけると、ブレアはステッキを思いっきり横に振った。


「――言えるわけないでしょこんな恥ずかしい台詞っ!」


「ぐぇっ!」


 ステッキの先が、勢いよくルークの腹部に命中する。

 軽く吹っ飛んだルークは、頭を地面に打ってしまった。


「あ、ごめん……。」


 跳ねるように起き上がったルークは、すぐにブレアの元に戻ってきた。

 お腹も頭もかなり痛かったと思うのだが、大丈夫なのだろうか。


「先輩それ他害です! 自害する自信あるって言ってましたけどそれ他害ですよ!」


「ごめんつい……本当にごめん。……鼻血でてるけど、大丈夫?」


 指摘を受けて、ルークは鼻を押さえる。

 殴られたのは腹部、打ったのは頭なのに、何故かそちらには外傷はない。


「大丈夫ですよ。ちょっと、先輩に殴られたって思ったら……興奮して……! ふへへ。」


「キッモ。意味わかんないんだけど。」


「愛の重みですね。」などとよくわからないことを言っているルークは、清々しいの程のいい笑顔だ。

 痛くなかったのだろうか。

 ポケットからティッシュを取り出して止血したルークは、表情を引き締める。


「頑張ってください先輩! 誰も見てません、大丈夫ですよ!」


「君が見てるんだよね……。というかそういう問題じゃないんだよね。」


 ルークが必要以上にガン見してくるのだが、果たして誰も見てないと言えるのだろうか。

 そもそも見ている見ていないの問題ではない。自分が嫌なのだ。


「ばっと言って、ばっと終わらせましょうよ! 躊躇ったらもっと恥ずかしくなりますよ?」


「そうかなぁ。」


 ブレアは渋々、嫌そうに再びステッキの先端を魔獣の方に向ける。

 何度この動きをすればいいんだか。もう慣れてきそうだ。


「どうぞ先輩! 一息で言いきっちゃいましょう!」


「簡単に言うね……。」


 ピンとステッキを持つ手を伸ばしたブレアは、覚悟を決めて魔獣の方を見る。

 ――が、すぐに頬を染めて目を逸らした。

 口を開いたブレアの顔が、みるみる赤く染まっていく。


「――も、もぇきゅん……ゆりゆり……くりーん……?」


 耳まで真っ赤にしたブレアが、蚊の鳴くような声で言った。

 ちゃんと言ったつもりなのだが、光が集まったりはしない。


「ぐはぁっ!」


「何で君に効いてるわけ!?」


 が、変わりにルークが心臓の辺りを押さえ、がっくりと膝から崩れ落ちた。

 ブレアに戸惑った……というかドン引きしたような目を向けられ、ルークはギュッと目を閉じる。


「可愛すぎて……死にそうです……! 台詞も可愛すぎるし恥じらいがあるのもまた!」


「恥ずかしいに決まってるでしょ。怖い……。」


 ルークから静かに目を逸らし、ステッキに視線を落とす。

 ちゃんと唱えたはずなのに、ルークが倒れた以外何も起こらない。


「何か間違ったかな。」


「決まってるじゃないですか!」


 こてんと首を傾げているブレアに、ルークは自信満々に言う。


「声の大きさ、そして可愛さですよ!」


「……嘘でしょ。」


 きっぱりと言いきられ、ブレアは怯んだような顔をした。

 もう一度言わないといけないとは。

 恥の上塗りすぎる。


「絶対そうですよ、だって必殺魔法ですもん! 大きな声で、可愛く、ビシッと決めてください!」


「嫌だよ……恥の上塗りどころじゃないんだけど。」


 ブレアはもう1度目を閉じ、どうして駄目だったのか考えてみる。

 動作と声量と態度らしい。

 ルークの言ったこともほどんど間違えていなかったようだ。最悪すぎる。


「はぁー……。」


 大きく、深い溜息をつき、ステッキを真っ直ぐに魔獣の方へ向けた。

 覚悟を決めて、空いている方の手でピースを作る。

 顔の傍に近づけて、できる限り声を張り上げる。


 ブレアの瞳孔が縦に大きく開き、真っ白に輝いた。 


「も、“萌えキュンゆりゆりクリーン”――っ!?」


 顔の傍にあったピースを顎に添え、ぎこちなくウインクをした。

 途端、ステッキが眩く輝きだす。

 眩しさのあまり、隣でルークがダメージを受けているのが気にならないくらいだ。


 光がくるくると渦を巻いて、宝石に集まっていく。

 集まった光はステッキの先端に移動し、ビームのように放たれた。


 光線は真っ直ぐに魔獣の方へ飛んでいき、中心に命中する。

 弾けるように広がった光が、魔獣の体を包み込む。


 きゅーっと光が魔獣の体ごと小さくなっていく。

 縮んでいく光は周りのもやを吸収して、そのまま小さな点になってしまった。


 点が箒星のようにこちらに飛んでくる。

 ブレアの目の前で止まった点は、小さなオレンジ色の宝石のようなものだった。

 オレンジ色の宝石は、ブレアの胸元にあしらわれた宝石に溶け込むように消えていった。


「――これで、いいのかな。」


「ばっちりだと思いますよ! 多分。」


 終わったと思ったら、なんだか一気に疲れた気がする。

 身体の力が抜けて、ぐらりと体が傾いた。

 倒れかけたブレアの身体を、ルークはすかさず受け止める。


「あ……ごめん、ありがと……。」


「これくらいまかせてください! 先輩――。」


 じーっとブレアのことを見たルークは、勢いよく目を逸らした。


「抱き心地も柔らかくて、本当に女の子みたいですね……!」


 必死ににやけを堪えているルークに、ぞわっと全身に悪寒が走った気がした。


「……触らないでド変態っ!」


 ゴン、とステッキでルークを殴って離れたブレアは、ルークの首から下がったペンダントを掴む。

 ロケットを開いて、1番上のボタンを押した。


 1回目の時と同じように、すぐに変身が解けた。


(……疲れた。)


 疲れたが、ちゃんとできたのだろうか。

 人体に影響があるらしいが、この辺りにいた人達は――お母さんは、無事だろうか。

 もやも魔獣の姿もない、いつも通りの風景に、心底ほっとした。


 公園で話していたのが、もう何時間も前のように感じる。

 いい加減帰りたい。帰って寝たい。


「最高にかっこ可愛かったですよ先輩!」


「はいはい。じゃ、これ返すから。」


 ペンダントを外そうと、ブレアは首に手を回した。

 ルークが悲しそうにしているが、知ったことではない。

 金具に触れて外そうとするが――指先に力を込めても、ぴくりともしなかった。


「……外せないんだけど。」


「1回つけたら、もう辞めれないんじゃないですかね?」


 ルークも確認のために自分のを外そうとしてみるが、外せなかった。

 既に契約は成立していて、取り消せない、ということだろうか。


「嘘でしょ……?」


「ペアルックですね先輩っ! これからよろしくお願いします!」


 にこっと嬉しそうに笑ったルークとは対照的に、ブレアの表情はどんどん曇っていく。

 外せない。つまり――

 これからもさっきのように、魔法少女を続けていかないといけないのか。

 この変態と一緒に?


「――最悪――!!」


 何だか更に疲れた気がしたブレアは、大きな声で叫んだ。

 自分でもびっくりするほどの、必殺魔法の時より大きな声が出た。



 ――魔法少女☆ゆりゆりの使命は、終わらない。



 

 to be continued?





 ――――――――


 短いあとがき


 こんばんは!「TS変身!(?)魔法少女☆ゆりゆりっ!」を読んでくださりありがとうございました!

 面白かったでしょうか?少しでも楽しんでいただけたら幸いです。


 こちら実は連載中の自作、「学校1の天才美少女な先輩に即告白・即失恋!だけど諦めきれません!」の現パロスピンオフになっておりました!

 本編は異世界ファンタジーラブコメです。

 先天性TSっ子(普段は女体)のブレアに、出会ったばかりのルークくんが告白する話になっております。

 今作とのつながりはオマージュも沢山あるので、よければそちらも読んでみてくださいね!


 ゆりゆりとルークくんの物語はまだまだ続いていきますが、このお話は、一旦完結とさせていただきます。


 最後にもう1度!ご愛読ありがとうございました!

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TS変身!(?)魔法少女︎︎☆ゆりゆりっ! 天井 萌花 @amaimoca

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