第6話 強風が吹く魔法とかないですか!?

 すぅっと短く息を吸ったブレアは、できるだけ声を張る。


「――綺麗になぁれっ!」


 ステッキの先端に光が集まり、1つの小さな球になった。


 ブレアが小さくステッキを振ると、光球が魔獣に向けて放たれる。

 流れ星のように尾を引いて飛んでいき、魔獣の体(?)に命中した。

 光をかき消すように、黒煙が舞う。


「……それ、合ってたんですね。」


「うん。これが浄化の術式の1つらしいよ。」


 ルークは適当に言ったのだが、まさかの一致である。

 ブレアの謎知識によれば、さっきの恥ずかしすぎる台詞は強化の術式だったらしい。


 黒煙が収まり、魔獣の姿が見えるようになる。

 さっきと殆ど変わらないが、少し小さくなったような気が――しないこともない。


「えー、あれで終わりじゃないんだね。」


「もっと近づいてみるとかどうですか? ジャンプでぴょーんって、いけませんかね。」


 宙に浮かせた手を動かして、ルークはジャンプのジェスチャーをする。

 そんなゲームのように上手くいくのだろうか。

 怪しく思ったが、ブレアの頭ができると言っている。怖い。


 ブレアは魔獣の方に向き直って、嫌そうに顔を顰めた。


「ズボンだったらよかったのになあ。せめてもっと長いスカートとか。」


「どうしたんですか今更。」


 落ち着かなそうにスカートの裾を押さえるブレアに、ルークは不思議そうに聞く。

 衣装についてはもう納得――はしていなくとも、諦めたのだと思ってた。


「短すぎるでしょ……。動いたらその、見えるじゃん。」


 少し頬を染めたブレアが、恥ずかしそうに目を逸らす。


「え、照れる先輩可愛い、本物の女の子みたいですよ~! 大丈夫ですよほら、ひらひらしてる方は膝くらいまでありますし!」


「膝丈は十分短い! というか透けてたら意味ないでしょ!?」


 きつく睨まれたルークは、何を思い出したのかはっと声を出した。


「先輩……今って、下着も女の子のやつなんですか!?」


「……。」


 一瞬怯んだような顔をしたブレアは、更に顔を染めて俯いた。

 その反応を見て、ルークの目がキランと輝く。


「そうなんですね? そうなんですよねその反応! えっちなやつですか!? 見せてください!」


「見せるわけないでしょ変態!」


 怖いくらい食いついてきたルークに、ブレアは眉を寄せて怒鳴る。

 見てないのだからデザインなど知らない。感覚でそうかなと思っただけだ。


「強風が吹く魔法とかないですか!?」


 真剣な顔で聞いてくるルークに、ブレアはステッキの先端を向けた。


「――よし、まずはその煩悩にまみれた頭を浄化しようか。」


「是非お願いします!」


 真顔で頼んでくるルークを見て、はあっと大きな溜息を吐く。


 浄化してしまいたいのは山々だが、浄化したらどうなるのか全くわからない。

 こつん、と軽い力でステッキで小突いて、そのまま降ろした。


「いったいです先輩!? 力強くなってるんですよ忘れないでください!」


「ああ、ごめん。」


 軽い力のつもりだったのだが、ルークが思いの他ダメージを受けていた。

 初めにルークを殴った時、力が強くなっているなとは思ったが、更に強くなっている。

 これもさっきの恥ずかしい台詞――術式の効果だろうか。


「ああもう、君がいたらすぐ脱線する! いい加減――」


 ブレアが大きく首を横に振ると、また大きな音がした。

 さっきの地響きとは違う、まるで動物の鳴き声のような音。

 魔獣の鳴き声か何かだろうかと、ブレアは魔獣の方に視線を戻す。


「……ちょっと、危機感持った方がよくない?」


 魔獣が、こっちを見ていた。

 濁ったオレンジ色の2つの丸が、真っ直ぐにこちらに向いている。


「普通にやばそうですね!?」


 そしてその丸と丸の間に、黒いもやのようなものが集まっている。

 おそらく、さっきブレアが光球を放ったことでこちらの存在に気づいたのだろう。

 さっきの仕返しのつもりなのだろうか。


「え、待ってどうすればいいの!?」


 そう言っている間に、ぎゅっと圧縮されたもやがこちら――まっすぐにブレアの方に放たれる。

 頭に問いかけている暇もなく、ぎゅっと目を閉じた。


 数秒も経たないうちに、前方から強風が吹く。


 ――が、何秒待っても特に何も起こらなかった。

 風が収まった頃に、ブレアはそろりと目を開ける。


「――何してるの!?」


 目を開けると、目の前でルークがしゃがみこんでいた。

 あの黒いもやのようなものを受けたのか、苦しそうにしている。


「先輩を傷つけるわけにはいかないので!」


 左胸を押さえながら、ルークはブレアの方を見て力なく微笑んだ。

 何といえばいいか迷ったブレアが戸惑っていると、ルークがゆっくりと立ち上がる。


「先輩のためなら、命を捨てる覚悟だってできてました。それくらい考えてないと、好きな人に危険かもしれないこと、させられませんよ。」


「そう……なんだ。」


 軽い気持ちで誘ったわけではなかったんだな、ちょっと冷たく当たりすぎたかな、と、ブレアは少し己の行いを後悔した。


「これくらいの痛み、気合で乗り越えてみせます。先輩には、傷ひとつつけさせません!」


 ありがと、と言うべきなのか、いらないと言うべきなのかわからず、ブレアは戸惑っている。

 本当に気合で痛みを治したのか、ルークは胸から手を離して、ブレアの手をぎゅっと握った。


「可愛い先輩の魔法少女姿みてたらすぐ直ります。えっちだと尚よし! 見直したなら付き合ってください!」


「今の発言でどん底に落ちた!」


 寒気を感じたブレアは、叩くようにルークの手を振りほどいた。

 顔を顰めてルークから距離を取る。


 正直ちょっと見直したが、最後の一言が余計すぎた。

 今までマイナス100だったとすれば、今マイナス300になった。


「そんな~!」


 ドン引きされたルークは、悲しそうにがっくりと項垂れる。

 正直いけるかと思った。


「好き……! ってなってくれてもよくないですか!?」


「ならないよ。そんなちょっとで積もりに積もった嫌いは裏返らないから!」


 更にルークから距離を取るブレアは、何故かステッキの先をルークに向けている。

 次手を握っていたら浄化してやろうと思っているのだ。


「……でも、早く浄化しないといけないことはわかった。」


「方法はわかりそうなんですか?」


 ブレアはもう一度目を閉じて、浄化する方法を考えてみる。

 近づいた方がいいのか、他にも方法があるのか、できれば具体的に知りたい。


「近づくのは合ってるみたい。それから……可愛く言うほど威力アップ? 馬鹿にしてる?」


「何ですかその最高の機能!」


 ブレアがムッと眉を寄せると、ルークが嬉しそうに目を輝かせた。

 何1つ最高じゃない。そして機能ではないと思う。


「さあどうぞ先輩! 可愛く!!」


「絶対嫌だ。最終手段。」


 どれくらい威力が上がるかもわからないのに、そんな恥ずかしいことやってられない。


「とにかく、流れはわかった。じゃ。」


「え、本当に大丈夫ですか!?」


 ブレアはルークの声を無視して走り出した。

 数メートル助走をつけた後、少し足を曲げて跳躍した。


 軽くジャンプしただけなのに、ふわりと体が浮き上がり、音もなく屋根の上に着地する。

 魔獣の方に向けたステッキから、さっきと同じように光球を放った。


 命中したのを確認するより早く、爪先で屋根を蹴って飛び上がる。

 上に上がりながら、身体が前――魔獣の方へ近づいていく。


 空中で頭上に掲げたステッキをくるくる回すと、先端の宝石に光が集まり出した。

 さっきのように球となって放たれるのではなく、ステッキ先を覆った。


「お掃除しますよー?」


 本当に合っているのか、と思いつつ呪文を唱え、ステッキを振りかざした。

 パァンっと音を立てて、先端が魔獣の肩のような部位に命中。キラキラと光りが舞った。


 ステッキを支点にし、くるりと体の向きを変える。

 今度は光の粒子を纏わせた両足で、魔獣の体を思いっきり蹴った。

 キラキラッと足元の光が魔獣の体に流れ込む。


 蹴った反動で再び宙に舞い上がったブレアは、ルークの隣に着地した。


「……ふぅ。これでどうかな。」


「先輩、初めてとは思えない動き……センスありまくりでは!?」


 ほっと息を吐いたブレアは、魔獣の様子を伺っている。

 力だけでなく、運動神経や体力も高くなっている気がする。

 体育の授業でもこんなに動いたことはない。のに疲れていない。


「めちゃくちゃかっこよくて綺麗で素敵でした。でしたけど……!」


「けど、何?」


 なぜか悔しそうに唇を噛んでいるルークに、ブレアは怪訝そうに顔を顰める。

 悔やむことなどなかったと思うのだが、ルークは何を嘆いているのだろうか。


「――鉄壁スカートだなんて聞いてません!!」


「……は? 何の話?」


 鉄壁スカートって何だ、とブレアはますます眉を寄せた。


 ブレアは全くわかっていないが、ルークはすごく残念そうにしている。

 ブレアが頑張っているのに不謹慎かな、とは思ったが、チラッと見えたりしないかなとめちゃくちゃ期待していたのだ。

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