第5話 魔法少女☆ゆりゆり!

 数分走った2人は、黒いもやが見えた辺りに着いた。

 公園から見た時はわからなかったが、思っていたよりも広範囲に広がっている。


 そしてもやの中を少し進んだところに、大きな山のような生き物――魔獣? がいた。

 人のような形に見えないこともない、雪だるまっぽいと言えばそれっぽいが、よくわからない。


 あまり気乗りはしないが、意を決してもやの中に飛び込む。

 そのまま走って、魔獣の足元――は流石に怖いので行ってないがすぐ近くまで来た。


 やっぱりよくわからない形をしているそれは、何やら腕っぽいものを動かしている。

 何者なのか、何をしているのかは全くわからないが、不気味だ。


「――で、どうやってあれを浄化? すればいいのかな。」


 不安を誤魔化すように首を振ったブレアは、ルークの方を振り返った。

 ルークは目を閉じてうーんと考えた末、きりっとした表情になった。


「わかりません!」


「は?最悪。」


 きっぱりと言い切られ、ブレアが顔を顰める。

 今すぐ帰ってしまいそうなブレアを、ルークは「待ってください、」と先に制止する。


「変身したら魔法の使い方とかわかるって言ったじゃないですか。とりあえず変身しましょう!」


「はぁ……気が進まないな。どうするんだっけ。」


 ブレアはさっきの気合はどこに言ったのか、と聞きたくなる程嫌そうな顔をしている。

 それでもやる気はあるようで、ちゃんとペンダントに触れている。


「ペンダントを握って、可愛く叫んでください、“TransトランスSupremeシュプリーム”と!」


「はいはい、とらんすしゅぷりーむー。」


 覇気のない声で術式を唱えるが、何も起こらない。


「もっと大きな声で言わないと駄目ですよ! そして可愛く!!」


「可愛くは絶対余計でしょ。」


 難色を示しているブレアを急かすように、ルークは「いいからどうぞ!」と大きな声で言った。

 ブレアは仕方なく、ペンダントを握り直す。


「と、“TransトランスSupremeシュプリーム”っ!」


 可愛く、はしていないが、精一杯の大声で言い直す。

 普段全く声を張らないため、ルークの方が声量が大きかったが。


 それでも大丈夫だったようで、ペンダントが放つ光が指の隙間から漏れてきた。

 眩い光で回りが見えなくなり、光の粒子がブレアを包む。

 宙に浮いたのか、地面に支えられている感覚がなくなる。


 光を放ったままのペンダントが、手のならから滑るように抜ける。

 びりびりと電流が走るような感覚があって、身体が縮んだ気がした。

 風に靡いた髪がするすると伸びていき、左右一束ずつが複雑に編み込まれていく。


 ブレザーが脱げ、制服のワイシャツがノースリーブの物に変わる。

 腰辺りを包んだ多段のオーロラがスカートを形作り、集まった光の粒子が上着になった。

 足元にも光の粒子が集まり、今度は靴になる。


 光の帯が手、足、首に巻きつき、それぞれブレスレット、ガーターリング、チョーカーになる。

 何本もの輝く虹が結ばれ、リボンとなって頭、胸、腰に落ち着いた。


 最後にペンダントが宝石となり、ブレアの胸元、リボンの中心で弾け、宝石が散った。

 一部は足元や頭の上にくっついて、可愛らしい装飾となる。

 残りは顔の前で弾けて――かけらが溶け込むように、アメシストの瞳に入り込んだ。


 ぎゅっと右手を握って、開くと、動きに合わせて光の棒が現れる。

 手を伸ばして棒の真ん中をしっかりと握ると、先端に大きなハートをあしらったステッキへと変化した。


「――また女の子になっちゃった……死にたい……。」


「格好がつかない!」


 変身を終えて光が収まるなり、ブレアはその場にしゃがみ込んでしまった。

 自分の意思で変身したが、既に後悔している。


「折角の変身なのに格好悪いですよ先輩! 何か口上言いましょう、魔法少女☆ゆりゆり!」


「嫌だよ。何魔法少女☆ゆりゆりって。」


 ルークに真剣な表情で訴えられ、ブレアは少しだけ顔を上げた。

 よくわからない呼び名を付けられた気がする。


「変身後の名前がいるじゃないですか! なんかそんな感じがしたのと、ペンダントにユリが描いてあったので“ゆりゆり”です!」


「えぇ……そんなの描いてあったっけ。」


 眉を寄せたブレアに、ルークは自分の首についているペンダントを見せた。

 じーっと見つめたブレアは、「あー。」と微妙な声を出す。


「フルール・ド・リスね。直訳したら百合だけど、それ自体はアイリスじゃなかったかな。アヤメだっけ。」


「そうだったんですが!? じゃあ“あいあい”か“あやあや”の方がいいですか?」


 馬鹿正直にブレアの言葉を受け取ったルークが、ネーミングに迷いだした。

 ブレアにとってはどうでもいい――というかどれも嫌だ。


「……勝手にして。」


「では“ゆりゆり”で! 可愛いですねゆりゆり先輩!」


「……死んでほしい。」


 嬉しそうなルークに間近で見つめられ、ブレアは不満そうに目を逸らした。

 悪態を吐いたつもりだったのだが、ルークはますます顔を輝かせた。


「それはつまり心中、ということでしょうかっ! 是非!」


「気持ち悪い……て、そんな場合じゃないでしょ!?」


 はっと存在を思い出し、ブレアは魔獣の方を見上げた。

 何をしているのかは全くわからないが、これを浄化するために来たのだった。


「浄化方法は……浮かんでくるんだっけ。えっと――」


 顎に指を添えたブレアは、目を閉じて考え込む。

 暫く考えると、絶対知らないはずのことが浮かんできた。怖い。


「――悪い奴は、み~んな僕が浄化しちゃうよっ♡」


 思い浮かんだ言葉をそのまま口にしたブレアの顔が、みるみる真っ赤に染まっていく。


「ってこれ、女の子の台詞でしょ――!?」


「最高に可愛いですよ先輩……じゃなくてゆりゆり先輩! ああっ、ステッキ壊れたらどうするんですか!?」


 羞恥を誤魔化すように、ブレアはステッキを地面に叩きつけた。

 焦ったルークが拾いあげるが、傷1つついていなかった。すごい。

 ブレアに返そうとしてふと、アメシストのような宝石が、きらきらと輝いていることに気が付いた。


「どうぞ……光ってますよこれ。」


「本当だ。僕が台詞言ったからかな。」


 ルークからステッキを受け取ったブレアは、不思議そうに先端の宝石を見つめた。

 そんなブレアの瞳を見て、ルークが「あっ!」と目を丸くした。


「先輩の目、綺麗ですね?」


「何の話?」


 こてんと首を傾げたブレアの瞳を、ルークはまじまじと凝視する。

 ブレア本人には見えていないが、アメシストのような紫色の瞳の中に――七色の光の粒子が舞っていた。


「キラキラしてます! それもさっきの台詞の効果ですかね?」


「よくわかんないけど……そうな気がする。」


 どこから手に入れたのかわからない知識によれば、さっきのを唱えることで強力な魔法が使えるようになるらしい。

 そういえばさっき、目に宝石のかけらのようなものが入った気がする。


「――じゃあ、頑張る。」


「頑張ってください先輩っ!」


 煩い程の大声で応援してくるルークを無視し、目を閉じて自分のやるべきことを考える。

 ステッキの先端を魔獣の方に向け、唇を引き結んだブレアは目を見開いた。


 紫色の瞳に宿った虹が、キラキラっと輝いた。

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