第4話 魔法少女辞めます
「辞めさせてください。」
「そんな辞表みたいな出し方しないでくださいよ。しかも血だらけ。」
すっとステッキを差し出してくるブレアに、ルークは困ったような顔で言う。
いつの間に止血したのか、もうルークの頭からは血が流れていない。
が、折角の可愛いステッキにべったりと血がついているのは、普通に怖い。
「ほら、綺麗になぁれ♡って言ったら魔法で綺麗になりますよ!」
「気持ち悪。心底気が進まない台詞だね。」
ブレアが眉を寄せて顔を顰めるが、ルークは「さあどうぞ!」と期待に満ちた目を向けてくる。
ステッキが汚れていようが血だらけだろうが、ブレアには関係ない。
それでも、殴ってしまったのはブレアなので、申し訳ないとは……思う。
「はぁ……キレーニナーレー。」
「棒読みすぎませんか!?」
覇気のない声に応えるように、光の粒子のような物がステッキの先端を覆う。
しゅわしゅわっと光が舞って――本当にステッキが綺麗になった。
初めから汚れていなかったかのようにピカピカになっている。
「え、すご……。」
「もっと可愛く言って欲しかったです。」
「そ。」
残念そうに眉を下げたルークには適当に返事をし、ブレアは綺麗になったステッキをじっと見ている。
今のが魔法。本当に魔法が使えた。
……ちょっと楽しい。
「ああでも、やる気のない表情も素敵です! なんか刺さります。」
「ステッキを刺してあげることもできるけど?」
真顔で心臓辺りを抑えているルークに、ブレアがくるりと回したステッキを向けた。
飾りがついている方ではなく、細くなっている方を。
「物理少女やめませんか!? でも先輩が貫きたいと言うなら、是非お願いします!」
「気持ち悪い。刺さないから戻る方法を教えて。」
ブレアが静かにステッキを降ろすと、ルークは少し残念そうにしゅんとした。
刺されたかったのだろうか。
「どうやって戻るんでしょうね?」
「は? 死にたいの?」
首を傾げたルークを、また殴りそうになった。
冗談かと思ったが、どうやら本気で知らないらしい。
変身の方法は知っていたのに、解除方法は知らないとはどういうことだ。
「え……嘘でしょ、戻れないの?」
「俺にはわからないってだけですよ! そんな悲しそうな顔しないでください……。」
心配するように見てくるルークを、ブレアは静かに睨む。
悲しまないでほしいなら、悲しませないでほしい。
「君にわからないなら、誰にわかるの。」
「先輩にならわかるはずです!」
「は?」
突然変身させられたブレアにわかるわけがないだろう。
ブレアの眉がますます寄ったのを見て、ルークは慌てて付け足す。
「変身したらこう……頭に魔法の使い方とか浮かんでくるって不思議生物が言ってました! どうやったら戻れるの? って己に問いかけてみてください!」
「何その馬鹿げた話。信用できないなあ。」
信用できないが、実際こんな姿になってしまったわけだ。
どんな馬鹿みたいな話も信じざるを得ない。
仕方なく目を閉じて、戻る方法を考えてみる。
絶対知らないはずなのに、ピンときてしまった。怖い。
「おっ、わかったんですか!?」
「うん。」
頷いたブレアは、なぜか無表情でルークに近づいてきた。
ドキッとしてルークが後ずさると、肩を抑えられた。
「えと……どうしたんですか……?」
「動かないで。」
短く言ったブレアは、ルークの首元に撫でるように触れる。
擽ったさと可愛さで変な声が出そうだ。
すっと服の中に入れたブレアの指先に、細い金属のチェーンが触れた。
それを掴んで引き出すと、さっきルークに握らされたペンダントだった。
ロケットを開けると、なにやらボタンのような小さな突起が3つついている。
ブレアは迷いなく1番上のボタンを押す。
ブレアの身体が光の粒子に包まれ――それが収まる頃には、元の姿に戻っていた。
目線がルークよりもかなり高くなっていて、服装も普段通りの制服に戻っている。
髪も短い、違和感もない。
「……本当にわかったんだけど。よかった戻れて……何してるの。」
ほっとしてルークから離れたブレアは、怪訝そうに眉を寄せた。
ブレアから目を逸らしたルークの顔が、何故か真っ赤になっていた。
「すみません、先輩が近くて……無理でした。いい匂いした、触られた、指細かった、綺麗……。」
「キッモ。怖。」
ドン引きしたブレアはさり気なく遠ざかる。
魔法少女になったブレアが好みなのは十分すぎるほどわかった。
しかし彼は本当は男だとちゃんとわかっていたのか。忘れてないか。
「すみません!」
ぶんぶんと大きく首を振ったルークが、じーっとブレアの顔を凝視してくる。
流石に無視できなかったブレアは、「何?」と顔を顰めて聞いた。
「……先輩って男でもめちゃくちゃ美人ですよね。」
「何が言いたいの、視線が怖いんだけど。」
訝しむようにブレアが睨むと、ルークはブレアとの距離を一気に詰めた。
「先輩なら男でも全然いけます、むしろ女子より好きです、付き合ってください!」
「待って待って、君価値観おかしくなってない!?」
きっぱりとした大きな声で言ったルークから、ブレアは即座に距離を取る。
魔法少女になったブレアが好みすぎて、元のブレアも好みに見えてきたのだろうか。
怖い。真剣な目をしているのがまた怖い。
「至って正常ですよ! 先輩がタイプだから声かけたって言ったじゃないですか! お返事は!?」
「無理に決まってるでしょ馬鹿なの!?」
更に数歩後ずさったブレアは、本気で軽蔑するような目をしている。
魔法少女化でルークに新たな性癖が目覚めたのは間違いないが、一目見た時からブレアの容姿が好みだった。
好みだが男だから駄目だ、が、好みだから男でもいい、に変わっただけだ。
「駄目でしたか……。」
「当たり前でしょ。」
ぷいと顔を背けたブレアは、ベンチに置いていた鞄を持つ。
心底不機嫌そうにルークを睨んで、くるりと背を向けた。
「魔法少女辞めます、じゃあね。」
「辞めないでくださいよ!?」
ルークは咄嗟に追いついて、早足で帰ろうとするブレアの腕を掴んで引き留める。
触らないで、とすぐに手を払われた。
「辞める! そもそもやるなんて言ってないし。」
「魔法に興味ある、はやるも同然でしょう! それは置いといて、非常に言い辛いのですが……。」
「何。」
急に口籠ったルークに、ブレアは冷たい目を向ける。
暫く視線を彷徨わせていたルークは、意を決したようにブレアを見た。
「首に、ペンダントついてます。」
「……は?」
さっと首元に触れると、細いチェーンが指先に当たる。
ブレアの首にも、ルークと同じようにあのペンダントがついていた。
「うわ、それ2個あったの? 何でついてるの怖い。」
「俺は1個しか受け取ってませんよ。先輩が変身した時に増えてついたんですかね……?」
ルークは不思議そうに自分のペンダントを見る。
自分の首についていることも、ブレアに触られて初めて気がついた。
「これあるってことは、君のじゃなくても戻れたのかな。」
思い浮かんだのはルークのペンダントだったのだが、自分でどうにかできるならその方が簡単だった。
そう思いながらロケットを開けようとするが、ブレアの物は開かなかった。
全く同じ作りなのに、開かない。不思議だ。
「……どうでもいいけどね。これ君に返すから、他の人探して。」
「ええー嫌ですよー、先輩がいいです!」
不満そうなルークの声は聞かずに、ブレアはペンダントを外そうとする。
……――――!
金具に触れたのとほぼ同じタイミングで、地鳴りのような、すごい音がした。
ハッとしたルークは、キョロキョロと辺りを見回した。
「……先輩、多分出番ですよ!」
「え、何で。」
地震かと思ったのだが、どうやら違うらしい。
真剣な顔をしたルークが、ある一点を指差す。
「魔獣が出たら地響きがするって不思議生物が言ってたんです。そしてあれ、何か見えませんか?」
その不思議生物は何者なんだ。
と不審に思いつつも、ルークが指した方に目を凝らしてみる。
少し遠くに、黒っぽいもやのような物が見えた。
「……何、あれ。」
「あれが魔獣の魔力だと思います。ペンダントのおかげで見えるようになったんですね!」
かなり不気味な光景だが、なぜかルークは嬉しそうにしている。
そのテンションのまま、ビシッとブレアを指差した。
「行きましょう先輩! 魔獣退治です! 浄化ですよ浄化!」
「嫌だけど。あれを放置することで、害はあるの?」
ペンダントがないと見えないのなら、放っておいてもいいのではないか。
全く行く気になれないのだが、一応聞いておく。
なぜならもやが出ているのが、ちょうどブレアの家の近くだったからだ。
「建物が壊れるとかはないらしいですけど……近くにいる人の体調が悪くなるとか元気がなくなるとか、長引くと死ぬかもしれないとかなんとか?」
「嘘でしょ……お母さん、今日家いるんだよね……。」
ブレアは目を閉じて、大きく息を吐いた。
心底気が乗らない。自分が魔法少女にされたことも、納得いってない。
目を開けたブレアは、くるりと出口の方に身体を向けた。
「……行くよ。」
「待ってくださ……え、いいんですか!?」
帰らないように引き留めようとしたルークは、きょとんとしてブレアを見る。
振り返ったブレアは、むっとしたような表情でルークを睨んだ。
「だって、僕なら浄化? できるんでしょ?」
「できますけど……。」
本当にいいんですか? とルークは心配そうに聞く。
やる気になってくれたのは嬉しいが、明らかに乗り気ではない。
「魔法少女は絶対なりたくない。けど今回だけ、協力してあげる。」
未だ不思議そうなルークを、ブレアは真剣な目で見つめ返す。
勿論、あんな恰好をするのは嫌だ。
魔獣退治だとか浄化なんて面倒なこと、したくない。
けれどそれ以上に、自分でも何故かわからない程強く、強く感じる想いがある。
「大切な人が危ないのに、なんとかできる力があるのに、何もできないのは――絶対嫌なんだ!」
もう1度「行くよ。」とルークに声をかけたブレアは、返事を聞かないまま走り出した。
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