第2話 魔法少女になれます!

 後ろを振り返らず、全速力で走る。

 ただでさえ運動が得意ではないのに、制服で鞄を持っているとかなり走りにくい。

 何故逃げるように走り出したかと言うと、逃げたからである。


 あの1言で察した。


(……あの子、絶対話通じないタイプだ……!)


 絶対におかしい。まともじゃない。

 なにが魔法少女だ。アニメかなにかと混同しているのか。

 そもそもブレアは男。間違いなく人選ミスだろう。


 よくわからないが、話す価値なしと判断した。

 おかしな人に絡まれたくはない。故に逃げる。


「待ってください先輩! 魔法少女になってくださいよ~!」


「しつこいなあ!? 着いてこないで!」


 断って逃げてきたつもりなのに、追いかけてきた。

 しかも足が速い。すぐに追いつかれてしまった。


 疲れるので走るのは諦めて、早歩きに変える。


「まだ返事を聞いてませんので!」


「無理って言ったよ。」


「まだ返事を聞いてませんので!」


 眉を潜めたブレアの横に並び、ルークはにこりと笑った。

 いいと言うまで諦めないつもりなのだろうか。


「僕、男なんだけど。」


「今時性別とかどうでもよくないですか?」


「“少女”って検索してみてほしい。」


 魔法“少女”の意味を分かっていないのだろうか。

 魔法少女なら、せめてちゃんと女の子を誘ってほしい。


「さあ先輩!魔法少女になりましょう!」


「他をあたってください。」


 何故かドヤ顔で言うルークに、ブレアはきっぱりと断る。


「絶対先輩じゃないと駄目なんです。諦められません!」


 黄色い瞳からは、言葉通りの確固たる意志を感じる。

 このままでは家まで着いて来られそうだ。

 それは迷惑すぎる。何としてでも避けたい。


「……ちょっと、あそこの公園で話しようか。」


 立ち止まったブレアは、目の前にある広い公園を指さした。

 歩きながら話すと、間違いなく家に着いてしまう。

 ならばここで説得して、着いてくるのを辞めてもらうしかない。


「それはつまりイエスということですか!?」


「違う。諦めてもらうんだよ。」


 ぷいとルークから顔を背けたブレアは、公園に入っていく。

 ルークが嬉しそうに追いかけてきて、本当にわかっているのか心配になった。


 公園のベンチに鞄を置き、座る。

 ルークも隣に座れるように空けておいたのだが、何故かルークはブレアの前に跪いた。


「改めまして先輩、俺の専属魔法少女になってください!」


「嫌だ。」


「何でですか!」


 むっとした表情でブレアが断ると、ルークは納得いかなそうに立ち上がった。

 そのままブレアの隣に座る。


「嫌に決まってるでしょ。大体、何で僕なの?」


「専属魔法少女ってことは、パートナーというわけじゃないですか。」


 真剣な顔で説明を始めたルークに、ブレアはよくわからないまま「そうだね。」と相槌を打つ。

 わかるようでわからない。

 現実に有り得ないことを、さも当然のように語られても困る。


「パートナーって、配偶者とかそういう意味もあるじゃないですか。つまり魔法少女は実質彼女。選ぶなら一番好みのタイプに合致する人がいいってわけです!」


「待って、尚更僕じゃなくない?」


 ルークのよくわからない選び方はいいとして。

 それならますますブレアである意味がわからない。

 彼女にしたいのが男のブレアなんておかしいだろう。男色趣味でもあるのだろうか。


「いいえ! 先輩を一目見た瞬間思ったんです。この人がもし女性だったら、俺今すぐ告白してただろうなって!」


「気持ち悪っ!? 帰ってもいい?」


 ぞわっと、背筋に寒気が走った。

 顔を顰めたブレアが鞄を持って立ち上がろうとすると、ルークは焦ったように引き留めた。


「気持ち悪くないですよ!? サラサラな銀髪、整った顔立ち、何よりアメシストみたいに綺麗な瞳! 絶対美人じゃないですか。あとスラリとした綺麗な体、長い指、白い肌、細い腰とか――」


「無理無理無理キッモい! 見ないで変態!?」


 うっとりとした目で見てくるルークから、完全にドン引きしたブレアはギリギリまで距離を取る。

 そんな目で見られているとは思っていなかった。あと後半の着眼点が変態っぽい。


「その蔑むような目も素敵です。」


「怖いよ君……。」


 鳥肌の立った気がする両腕を擦りながら、ブレアは呆れたように息を吐いた。

 同性を、『もしも女性だったら』なんてくだらない妄想でそんなところまで見れるとは、怖すぎる。


「というわけで先輩! お願いを聞いてくれる気になりましたか?」


「なるわけないよね? むしろ余計になる気失せたんだけど。」


 逆にさっきの説明を聞いて、なりますと言う人などいるだろうか。

 なりたい人でも気がなくなりそうな発言だったが、ルークにはその自覚はないらしい。


「何でですか!? 先輩じゃないと駄目なんです、お願いしますよ~!」


 悲しそうな顔で必死に懇願してくるルークを見ていると、何だか可哀想になってきた。

 断っても諦めてくれないのなら、根本から否定するしかない。


「……そもそも、魔法少女なんて、なれるわけないじゃないか。」


「なれますよ!」


 呆れたようにブレアが言うと、ルークはパーカーのポケットに手を入れる。

 出てきた手にはなにやら銀色の、ロケットペンダントのようなものが握られていた。

 それはルークの手の上で、キラキラと陽光を反射して輝いている。


「何それ。」


「今朝、急にこれを渡されたんですよ。『これをピンときた人に渡して、魔法少女になってもらってね!』……と。」


 朝のことを思い出すように、ルークはペンダントを見つめながら言う。

 怪しい。その話が本当なら、怪しすぎる。


「……君、騙されてない?」


「騙されてませんよ!? これで本当に魔法少女になれるんですって!」


 子供か。とツッコみたい。

 いきなり知らない人からペンダントを受け取って、魔法少女なんて話を信じるなど、小さい子ではないか。

 彼の防犯意識は大丈夫なのだろうか。


「いや、絶対変な人じゃん。何で信じたの。」


 呆れたようにブレアがペンダントに目を向けると、ルークは困ったように眉を下げた。


「だってこれを渡してきたの、兎みたいな猫みたいな、よくわからない生き物だったんですよ。しかも人語を話す。」


「え、何それ怖い。」


 ドン引きしたブレアは、少し端に寄ってルークから距離を取る。

「何で離れるんですか。」と、ルークはすぐに距離を詰めてきた。


「俺だって初対面の人にそんなこと言われても信じませんよ? でも、不思議生物に言われたら信じるしかなくないですか?」


「僕は今、初対面の人間に言われてるんだけど。」


「それは気にしないでください!」


 自分は信じないと言っているのに、同じ状況のブレアには信じることを強いる、おかしくないか。

 

「絶対本当になれますから! どうぞ、試しに変身してみてくださいっ!」


「嫌だよ、僕にメリットがない。あと触らないで。」


 ブレアの手を取って、ペンダントを握らせてくるルークに、ブレアは更に顔を顰めた。

 強引すぎる。渡すついでに手を握らないでほしい。


「ありますよ!」


「何。」


 あるわけないだろう、と思いながら、念のため聞いておく。

 そもそもルークはその魔法少女とやらの仕組みについてどこまで知っているんだろうか。

 聞いた話が本当なら、ルークだって今朝知ったばかりのはずだ。

 ならば何故こんなに自信を持って断言できるのだろう。


「魔法少女になったら――魔法少女になれます!」


「……何言ってるの君。」


 ルークは大きな声ではっきりと、当然のことを言った。

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