TS変身!(?)魔法少女︎︎☆ゆりゆりっ!

天井 萌花

第1話 魔法少女になってください!!!!!

 ふっと目を開けると、同級生達は席を立って友人と談笑したり、鞄に筆箱やらタブレット端末などをしまっているところだった。

 黒板の上に掛けられている時計に目を向けると、2つの針は3時25分を指している。

 つまり午後のSHRは終わり、もう下校してもよくなったわけだ。


(……寝てた。)


「あっ、ブレアくんおはよー!」


 ブレアが内心でそう思ったのとほぼ同時に、隣の席の女子生徒が声をかけてきた。名前は知らない。

 友人と2人で話していたようで、揃ってこちらを見ている。


「……おはよ。」


 小さな声で短く返し、女子生徒から視線を外す。

 口元を抑えて小さく欠伸をしたブレアは、眠そうに目を瞬いた。

「可愛い~。」なんて少々不本意な単語が聞こえた気がするが、聞かなかったことにする。


 新学期が始まって初めて、午後の授業があった。

 つい数日前まで寝ていた時間。

 眠くなるのも仕方がない。


(帰ろ。)


 ぐっと身体を伸ばしたブレアは、鞄を持って席を立った。

 教室を出て、廊下を真っ直ぐに歩く。


 ブレアは部活をやっていない。特に予定もない。

 だから急ぐ必要はないのだが、面倒なので早く帰りたかった。


 帰っても予習をするか、本を読むか、寝るか……くらいしかやることはないのだが、面倒な部活動をやる気にはならない。

 特に意味もなく、のんびりと1人で過ごすのが好きなのだ。


 昇降口で外靴に履き替え、外に出ようとする。

 が、出入り口の前で談笑している女子達が少し邪魔だ。


「校門で誰か待ってる人いるらしいよ?誰かの彼氏とかかな?」


「えー本当に!?イケメンかな?」


「いやー中学生っぽいって聞いたよー?誰かの弟とかじゃない?」


 女子ってそういう話好きだな。

 なんて思いながら、後ろからそっと声をかける。


「ごめん、通してほしい。」


「きゃ、ブレアくん!?ごめんね、どうぞ!」


 驚いて振り返った女子生徒が、顔を真っ赤にして道を開けてくれる。

 異様に驚かれたのだが、怖がられているのだろうか。

 眠いだけで睨んではいないのだが、まあ別に怖がられようがどうだっていい。


 外に出ると少し強い風に煽られて、桜の花びらが飛んできた。

 桜が丁度散り始めた時期だ。

 校門までの道の両端に植えられた木から、無数に淡いピンク色の花びらが飛んでくる。


(……邪魔だなあ。)


 長い前髪に着いた花びらを摘まみ、ブレアは怪訝そうに眉を潜めた。

 綺麗なのはわかるが、植えすぎではないか。


 花びらが鬱陶しいし、花粉も飛ぶ。

 邪魔だとは思わなかったのだろうか。


 帰り道にも色々なところに咲いているし、早く室内に入りたい。


 校門の方に歩いて行くと、門にもたれかかっている人がいた。

 制服ではなくパーカーを着ている、金色の髪をした少年だ。

 おそらく年齢は中学生くらい。さっきの女子達が言っていたのは彼だろうか。


 なにやらぼーっと、目の前を通る人を見ているようだ。

 頭に花びらが積もっているが、気にならないのだろうか。


 これで大人だったら間違いなく怪しまれていただろう。

 まあ、ブレアにとってはそんなもの、特に気にならない。

 待ち人でもなんでも勝手にすればいい。


 気が付かないフリをして、前を通り過ぎる。


「――あのっ!」


 丁度その時、例の少年が声を上げた。

 目的の人が見つかったんだな、と何気なく思った。


「待ってください先輩!」


 声が大きくて、いかにも元気! といった感じだ。

 嫌でも耳に入ってくる。


「待ってくださいよ先輩っ!!」


 そのまま歩を進めていると、突然肩にかけていたスクールバッグを掴まれた。

 仕方なく足を止めて振り返る。

 案の定鞄を掴んでいるのはさっきの少年で、シトリンのような黄色い目でブレアのことを見つめてくる。


「……何。」


「はじめまして先輩。お願いがあります。」


「人違いです。」


 真剣な顔で言う少年。なんとなく、嫌な予感がした。


 人違いに決まっている。

 中学でも高校でも他学年との交流をしていないブレアを、先輩と呼ぶ人などいない。

 それに、こんな後輩知らない。


「合ってます、逃げないでくださいー。」


「離して。絶対人違いだから。」


 手を振り払うように素早く前を向いても、離して貰えなかった。

 誰かもわからない人の、身に覚えのなさすぎるお願いなど聞くわけがない。


「人違いじゃないですよ! 先輩、3年のブレア先輩ですよね?ブレア先輩に用があるんですよ!」


「そうだけど。君誰。」


 なぜブレアの名前を知っているのだ。どこで流出した個人情報。

 ブレアにお願いとは何だ。何もブレアじゃなくてもいいではないか。


「ルークと申します。って、話す間くらい逃げようとするのやめてくれませんか?」


「僕は帰りたいんだ。」


 どうしても帰りたいブレア、どうしても引き留めたい少年――ルークで、鞄で綱引きをしているみたいになってしまっている。

 変なことをしているせいで、通りすがりの生徒に見られている気がする。

 立ち止まる人もいるし、本当にやめてほしい。


「……君のお願い、僕じゃないとダメなの?」


「はい。先輩にしかできません。」


 仕方なく足を止めて、ルークの方に身体を向ける。

 他の人でもいいなら諦めて貰おうと思ったのに、ブレアでないといけないらしい。

 なぜだ。ブレアの何を知ってるというのだ。


「……君のお願いを聞くことで、僕にメリットはある?」


「あります。ありまくります!」


 怪訝そうな顔で聞くブレアに、ルークは自信ありそうに断言した。

 その自信はどこからくるのか、何をもってブレアを選んだのか、全くわからない。


「じゃあ、内容は聞いてあげるよ。聞くだけだからね?」


「ありがとうございます!!お願いなんですが――」


 聞くだけ、と念を押して、ルークの言葉に耳を傾ける。

 真剣な顔で口を開いたルークは、暫しの間を置いた後――ばっと、深く頭を下げた。


「俺の専属魔法少女になってくださいっ!!!!!」


 ――何を言ってるんだ、この人は。

 契約って何だ。魔法少女って何だ。なぜ男に言う。

 中二病を拗らせてしまっているタイプの人なのだろうか。


 色々疑問も、言いたいこともあった。

 ――が、咄嗟に口から出た言葉は、どれとも違うものだった。


「――――は? キモい、無理。」


 心底不快そうに眉を寄せ、ストレートに感じたことを言う。

 そのまま素早く踵を返し、下校ルートを走り出した。

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