魔法少女は夜担当

俺、黒瀬一也は一人暮らしである。

24歳で上京し、現在は神奈川県在住の一般社会人。


先日、ひょんな事から臨時で魔法少女となった俺。

あれから口うるさい妖精からの連絡もないし、あれは泡沫の夢だったのだと今ではそう思っている。


町中を歩けば異形のものを時折見かけるが、それでもあれは夢だ。夢です。夢であってくれ。


夢だったから、日常は特に変わらず過ぎていく。

資料をまとめ、電話を取り、いっそかったるくなってしまうくらい、しつこく上司に頭を下げる。


なんてことはない。

ありふれていて、退屈で憂鬱な社会人。

刺激はないが、痛いのとか嫌だし、場合によっては命に関わるわけで、やっぱり二度と魔法少女とかやりたくない。


「ただいまー」

誰も迎えてくれることのないとわかっていながらも、言葉を紡いでドアを開ける。

賃貸のアパートは、広くもなく狭くもなく。


唯一の趣味といっても過言ではないアニメを十全に視聴するため、部屋にはそれなりに大きなテレビと、ネットサーフィン用のパソコンとタブレット。


ちなみに、自炊はほとんどしていない。

基本的にものぐさで出不精な俺は、部屋にこもってスーパーの安売りしているおかずやら総菜パンやらが主な食事。


時刻は午後21時。

明日も早いのであまり遊ぶ時間はないが、何本かアニメを見るくらいの時間はあるだろう。録画しておいた深夜アニメを再生し、ごろごろタイムにしゃれこもうとソファに背を預けた瞬間。


ブオンブオンブオン


警報や電話、バイブレーションとも異なる電子音がサブのスマホから響いた。

「なんだ。うっさいな」

『一也! メランコリアが現れたよ! ここからほど近い。すぐに向かおう!!』

無視を決め込もうか迷っていると、先日耳にした傍迷惑な妖精の声が再び脳内で再生された。


サブのスマホを見れば、メランコリア出現アラートの通知画面が表示され、けたましい音が鳴り響いていた。


そして、どういう理屈かポップアップのような形で星形の顔を持った動物?


が表示されていた。

ほむん。たぶんこいつが俺を魔法少女にしてくれた傍迷惑な妖精の姿か。

なんというか、女児アニメに出てきそうな見た目である。

なんな関係のない俺を巻き込んだことからも、きっとイン〇ュベーター並みの性悪妖精に違いない。


なるべく冷たく接するとしよう。

なんか暑苦しいから、そのくらいで接した方が丁度いいだろう。

「いや、ソウルやサエルがなんとかするんじゃ……」

『こんな暗い時間にまだ幼い二人を出撃させるなんて、君は外道かい? 夜は君の担当だよ!』

「そんな話は聞いてない」

『聞かなくてもわかるだろう! 僕としても魔法少女とはいえ夜は危ないと思うんだ。夜なら君も暇だろう?』

「全くもって暇じゃない。こっちはこれからアニメを見てごろごろする休息タイム」

そもそも、俺が夜の担当とか聞いてない。

報連相って知ってる?


『やっぱり暇じゃないか! ほら早く変身して! 誰かの夢が食べられて実体化される前に、メランコリアを倒しに行くよ!』

「ええ…… お前が倒せばいいじゃん」

『僕はあくまでナビゲーターだよ。戦闘機能は備わっていないんだ! この街を守れるのは君しかいないんだ!』

「そもそも俺男だし。魔法少女とかもういいっていうか」

働いた後に出撃に駆り出されそうになり、ひたすら妖精の命令をごねていると、唐突に身体が発光した。


数瞬後には、先日も目にした魔法少女のコスチュームを纏っていた。なんとはなしにテレビに映った自分に目が行く。


そこにいた少女は、黒髪のポニーテールだった。

上はパーカーのような形、なんだけど、お腹が出ている。そして、下はまさかのミニスカートにタイツである。


足とかお腹とか、男の時に比べてとにかく露出が多い。


あと、ミニスカートは断固として拒否したい。

慣れないし、スースーする。


それにしても、刀に黒髪にポニーテールね。

前に性悪妖精が心象を元にしているとかほざいていたが、なるほど確かに俺好みの……


「いや、やっぱ自分が好みの子になるのは解釈違いだわ」

『どうしても出撃する気がないなら、君を一生その姿に留めてもいいんだよ?』

「女の子に夢と希望を与える妖精が脅迫とか。マジ引く」

『引いたのはこっちだよ! ここまで無気力な魔法少女は君が初めてだよ!』

「はあ…… しょうがない。場所は?」

『君のスマホにアプリを入れておいた。メランコリアの位置情報が表示されているはずだよ』

「はいプライバシーの侵害。犯罪妖精野郎」

『細かいことを気にしていたら、平和は守れないよ!』

犯罪妖精ヨシュアの戯言を聞き流しつつ、俺は不承不承、見慣れないアプリを開く。


「メランコリア出現レーダー。いくらなんでも安直すぎじゃない?」

『いちいち気にしない!』

ぶつくさ文句を垂れながら、家を出て、メランコリアの場所を確認する。


レーダーというだけあって、普通の地図アプリと違って標的が動いているため、すごい見づらかった。


たどり着いたのは公園。

見れば、仕事終わりなのかスーツに身を包んだ男性が、ベンチに背を預けたまま眠りこけていた。


『ところで、どうして徒歩でいったんだい? レーダーの赤い点をタッチすれば、簡単に転移できたのに? 君は実に馬鹿だな』

「……報連相の出来てないバカはどっちだ。そういうことは先に言えし!!」


アホ妖精と言い争っていると、トラ型のメランコリアが眠っている男性に突貫していった。

『彼にメランコリアを近づかせちゃだめだ和也! 夢を喰って実体化したら、メランコリアは人間に危害を加えるようになる!』

「っち!!」

妖精の言っていることは分からないことだらけだが、それについては後回しだ。

魔法少女としての脚力を活かし、一陣の風となる。


男性とメランコリアの間に割り込み、刀を抜刀。

力任せに振り払う。


「ぎゃうお!!」

しかし、メランコリアは俺の袈裟斬りを後退する事で易々と躱し、アギトを開いて襲い掛かってきた。まともにやっても避けられそうだ。なら、イチかバチか。


開かれた大口の間に、両手で水平に握った刀を押し込む。

「ぎゃ、うおお!!」

メランコリアが嚙みついてくる前に、刀を横なぎに走らせ、力任せに振り払う。

メランコリアが輪切りになり、光の粒子となって消滅した。


『いや~。すごいじゃないか一也。訓練も魔法もなしにEランクのメランコリアを倒すなんて! 才能あるよ!』

「うるさい。手が痛いし二度とやりたくない」

先の戦闘で刀を水平に構えるため、刃先を手で握ったせいで、手からは血が滴り落ちていた。幼いころから怪我が多かったこともあり、痛みには慣れているものの、手には焼けるような痛みが走っている。


正直ちょっと泣きそうである。

『え? それくらい直せばいいじゃないか?』

「は?」

『え?』

「は?」

『……ああ、そっか。一也は野良の魔法少女だから、そこらへん魔法省に聞いてないのか。ごめんごめん。うっかりしてたよ。いいかい、魔法少女の変身時に負った傷は、魔力の持続する限り、回復できるんだよ。ただし、血が足りなくなったり、腕が取れちゃったりしたら基本的に戻せないし、最悪の場合は死んじゃうからそこは気を付けてね』

「いや、回復って。やるにしても、なにをどうやって?」

『こうムムムンって感じだよ!』

「は?」

『えっと。だからそう。傷のできた箇所に治れって念じるような感じ』

半信半疑、血が滴る左手に意識を集中すると、淡い緑の光が発生し、傷が瞬く間に引いていった。


「マジか……」

『うんまじまじ。これでわかっただろう? 魔法少女はそう簡単には死ぬことはないよ。僕たち妖精だって、幼い少女たちの命をむざむざ散らせるような真似はさせたくないんだ。魔法少女としての基礎能力は、攻撃より防御や周囲の被害の削減に割いているからね。だから、ね? これからも魔法少女を続けてくれるだろう?』

「え、いやだけど」

『そこは快く了承するところだよ!! 一也の中の正義感はうずかないの!』

「正義は立場や価値観で異なる。だからいやだけど」

俺はNOといえる日本人だ。

これ以上、魔法少女になる義理はない。


『じゃあ一也は一生そのままで、いいんだね?』

「卑怯な……」

『まあまあ。妖精界で使えるポイントも出るし、人助けだと思って』

「ポイント? それって現金への換金はできんの?」

『残念ながら、まだ整備されてないんだ。魔法省に所属していれば別途報酬が出るんだけど、君は野良だしね』

「ちなみに、さっきのトラで何ポイント?」

『あれはEランクだから、一万ポイントだね』

「うわ微妙。こっちは命掛けてるんだから、もうちょっと出せないん?」

『ランクごとに危険度も高くなるけど、その分ポイントも増えるし、十分な対価だと思うよ。Eランクでも、五体倒せば、五万になるしね。それに、君には魔法があるじゃないか?』

「いや、ないだろ。この刀くらいしか」

『いやいや、君のそのフード。魔力を帯びているよ! たぶんそのフード自体が君の持っている魔法だね。それに、見たところ君は近接型の魔法少女だろう? だったら、接近戦を優位に出来るような魔法があってもおかしくないよ』

「聞いてないんだが」

『むしろ気づいてなかったの? ああ、そっか。野良だから魔法省から魔力の探知についての』

「もういいわかった。この先魔法少女を続ける事は甘んじて受け入れる」

『ほんとかい! 君ならそう言ってくれると思っていたよ!』

脅迫しておいてどの口が……

まあ、今はそれはいい。


「だから取り合えず、メランコリアと魔法少女について、もっと詳しく教えてくれ。どんな仕事にも研修は必要」

『魔法少女は仕事ではない気がするけど…… まあ、いいや。確かに知っておかないと不便だしね。僕が手取り足取り教えてしんぜよう!』

「はいはいよろしく(暑苦しいなこの妖精)」


あとがき

☆☆☆☆☆☆

想定の数倍人気が出て驚倒。

嬉しい反面プレッシャーが。

ですが、モチベも割と高めなので更新継続します。

おそらく週一更新です(目標)

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