副業に、魔法少女やってます。
RAKE
魔法少女とメランコリア
夜の帷が降り、街頭の光が道を照らす中。
仕事終わりの気だるい中にも、どこか清々しい雰囲気が漂う街角。
もう4月になるというのに、頬をなでる風は未だ冷たく、身震いする。
今日も1日が終わろうとしているのを実感する。
変わり映えのしない、退屈で憂鬱な1日。
仕事をするために生きてるのか、生きるために仕事をしてるのか、区別がつかなくなってきた今日この頃。
「はぁ……」
思わずため息が漏れてしまう。
そんな俺の前を、きゃぴきゃぴとした女子高生の集団が、楽しげに通り過ぎてゆく。
もし、俺があの集団の1人だったら。
もし、俺が男じゃなくて女だったら。
考えるだけ無駄な妄想に浸りながら歩く。
ふと、信号に引っかかり立ち止まった。
その横断歩道の向こう側。
空間を裂くようにして、宵闇から滲み出た、真っ白で巨大な門。
そこからわらわらと、異形の者が出てきている。頭部がイヌ科の動物だったもの、腹部が異様に長いもの。
外骨格に覆われた背中にムカデのような節足が生えた者。
鬼火を思わせる明かりをともし、空をふわふわと漂う浮遊体。
それは正しくモンスターと呼ぶにふさわしい存在たちだった。
そんな怪物たちの行進を、逃げ惑うでもなく、恐怖するわけでもなく、俺はただ歩く。
既にこういった人間ではないものが見え始めてしばらく経つ。普通の人間には視認できない、幽霊やら妖怪やらそういった異形の存在。
なぜこんなにも平然としていられるのかと言えば、秘密裏に組織され、都市伝説のように存在を示唆されている、団体を知っているからだ。
魔法少女。基本的には誰にも知られることなく、メランコリアという怪物と戦う運命を背負わされた少女たち。
俺も時折見かけるくらいで詳しく知らないが、大体の平和はあの子達のおかげで保たれている。たぶん。
「赤き炎の魔法少女! ソウル・レッド!! ここに見参!!」
「やめてよソウル。誰にも見えてないのにその名乗り。恥ずかしいよ」
「え〜!! いいじゃんサエル。これがないとやる気でないのー!」
交差点の真ん中で、幼い少女たちが言い争いをしている。
彼女たちはソウル・レッドとサエル・ブルー。俺が住んでいる地域。主に神奈川を担当している2人1組の魔法少女だ。ソウルレッドが赤い衣装に赤髪ロングの活発そうな印象の女の子。
サエルブルーは白い衣装に、青髪ショートの大人しい印象を持った少女。
「えーい、ソウル・ブルー!! 邪魔するな!!」
「ああ〜。もうっ」
ソウルレッドは変身と言い張り、手から火球を連続で投げ出すが、怪物たちに直撃し、紅い花を咲かせる。
幸い、まだ実態がなかったのかボヤ騒ぎにはならず、平然と人が通り過ぎる。
もうこれは日常茶飯事なので見向きもしなくなった俺は、そのまま歩き続ける。
魔法少女も、メランコリアも普通の人間には見えない。いつも通り、ただ通り過ぎるだけ。
そのはずだった。
悪い予感と共に振り返る。
見れば、巨大な門から飛び出した異形の者の一体が、先ほど通り過ぎた女子高生たちにじりじりと迫っていた。
ソウルもサエルも、迅速に異形のもの達を狩っているが、その存在には気づいていないようだった。
狼のような個体が猛進し、女子高生の集団に疾駆する。
「っ!? クソっ!!間に合えっ!!」
無視して良い筈だった。
なのに……気づいたら走っていた。
俺は咄嗟に持っていた鞄を狼に投げつける。
「グギャッ!!」
鞄が直撃するが、狼の体に目立った外傷はない。むしろ、攻撃してきた俺に狙いを定めたらしい。
「やべっ!!」
俺は慌てて踵を返して、来た道を逆走する。
人に注意が向いて被害が出ないよう、路地に入る。ゴミ箱やら段差を使って時間を稼ぎながら、デスクワークで運動不足の体に鞭を打ち、ひた走る。
狼は、障害物を薙ぎ倒しながら、猛追して来る。開いていた距離は、段々と近づいてくる。このままでは追いつかれてしまいそうだ。
「クソ! 何なんだよ!!」
さらに速度を上げて必死に走るも、たどり着いた先は袋小路だった。
平凡で良かった。安泰でよかった。
喧嘩だってした事ないし、俺は平和主義者の小市民だ。
だっていうのに、なけなしの勇気を振り絞って、見ず知らずの女子高生を助けてしまった。
ヒーロー願望なんて、幼少期に捨てた筈だったのに。
「グゥルルルッ!!」
狼は俺に向かって飛びかかる。俺は、咄嗟に手近にあったゴミ箱をひっくり返し、蓋を盾にする。
しかし、その程度で防げるような相手ではなかったらしい。
「がふっ」
簡単に体が宙を舞い、壁に強かに叩きつけられた後地面に転がった。
全身が痛い、眩暈がする。
今ので折れたのか、右腕が痙攣し思う通りに動かない。
あまりの痛みに脂汗が流れて、立ち上がり戦う気力も、逃げる気力も湧かない。
目前に迫る濃密な死の気配に、思わず目を瞑った時、それは起こった。
『僕の声が聞こえるかい?』
「だ、れだ!?」
『この地区を担当している妖精だよ。もう1度聞くよ? 僕の声が聞こえるかい?』
「声が、直接脳内に……!?」
『今それはいいから! 君、魔法少女にならないかい? というかなれ!! じゃないとそいつに喰われて死ぬし、説明は後でするから』
「は!? ちょ、まっ」
突如として宙空に一振りの刀が出現した。
その刀は眩い光を放ちながら、まっすぐ俺の胸元に向かってきた。
「いたっ!?」
反射的に声を上げてしまったが、痛みはない。むしろどこか心地よかった。何か温かいものが全身を駆け巡る感覚に包まれ、一瞬視界が明滅する。
その次の瞬間には傷は癒えていた。
『これで君は魔法少女だ! その刀であいつをぶった斬れ!』
狼の巨体が目の前に迫る。
気づけば手元には抜身の刀が収まっていて、俺は無我夢中でそれを振り抜いた。
「はぁあああッ!!」
技術もへったくれもない。
ただがむしゃらに。
一足跳びに向かってきた狼の噛みつきを半身を捻ってなんとか躱わし、大上段から斬り裂く。
「ギャ、ウァァ!?」
狼は断末魔の悲鳴を上げながら地面に伏した。
数瞬後には、粒子となって消え去った。
俺はそれを見届けた後、安堵の息を吐きながら、その場にへたり込んだ。
『お疲れ様〜。いや〜初めてにしてはなかなか筋が良いね』
「……そいつはどうも」
どっと身体に疲れが押し寄せる。
全身に力は漲っているはずなのに、心が動揺して追いついてこない。
手元に残った刀が、今俺が体感した事が現実だと、如実に訴えている。そうか、
俺は魔法少女に……。
「魔法、少女。に……」
改めて、自分の身体を確認する。
黒を基調にした、フリルとリボンがあしらわれた衣装。
「な、なんだこれ……」
お腹と脚が露出しており、非常に恥ずかしい。
あと、若干ながら、胸の辺りには確かな膨らみがある。
『あ、言い忘れてたけどその衣装は君の心象が反映されてるから。基本的には変わらないよ』
「基本的?」
『稀に強化フォームに覚醒する子がいるんだけどね。その時に衣装まで変化する子も多いんだ。まあ、詳しくは僕たち妖精もよくわかっていないんだけど』
なるほど。強化フォームとやらはよくわからんけど、要は衣装の変更は不可って事か。
いやまあ確かに。学生時代はかなりアレで、刀とか黒とかゴスロリとか好きだったよ? けど、それはあくまで学生時代の話でさ。俺はもう大人なんだわ。
「こんな姿、誰かに見られたら軽く死ねるな……」
『その辺は心配しなくていいよ〜。魔法省と魔法少女以外には視認できないし』
「それはわかってるが…… 気持ちの問題だな、これは。っていうか、どうやって戻るんだ? これ」
『魔法少女の変身解除は、なんかこう…… ばっとやってどうっとや、しゅぴーんでぱっとやればいいのさ!』
「は?」
『ま、簡単にいえば肩から力を抜いて、普段の自分に戻る、みたいなイメージ? やってみて?』
「普段の……」
目を閉じて脱力する。手から刀が抜き出るイメージを浮かべる。それからゆっくりと目を開け、肩から力を抜く。
「解除」
すると、衣装が発光し、やがて粒子となって魔法少女のコスチュームが消え去り、破れほつれボロボロになったスーツが姿を現した。ついでに、いつの間にか自分の姿も元に戻っていた。
「そっか…… 俺、死にかけてたんだよな」
『そうそう。まあ、君が魔法少女に変身して戦わなきゃ死んでたね』
「そう……か」
俺は立ち上がり、スーツについた砂埃を手で払うと、鞄を拾い上げて歩き出した。
『あれ? もう帰るの?』
「ああ。もう疲れたし、帰って寝たい」
『ふーん。あ、そうだ! まだ名乗っていなかったね。僕はこの街のナビゲーターの妖精。ヨシュアだ。君の名前はなんていうんだい?」
「……黒瀬一也」
『一也ね。これからよろしく」
「ああ、よろしく。ってなるかよ。あんなのこれっきりだ。俺は平和主義者なんだよ」
脳内で騒がしく抗議してくる妖精をスルーして、俺は家路についた。
☆☆☆☆☆☆
後書き(読み飛ばし推奨)
初めましての方は初めまして。
前作を読んで頂いている稀有な方はお久しぶりです。
作者のRAKEと申します。
正直に言います。
なんかTS魔法少女ものが書きたくて、ほぼノリと勢いで描きました。去年からある程度設定は固まっていましたが、ほぼ何も考えてないです(笑)
完全に(仮)状態だと思って頂けると幸いです。
おそらく、設定が固まり次第あらすじ、キャッチコピー、タイトル変更可能性ありです。
続きを出すか否かは、作者のモチベと評価次第です。ご了承ください。
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