魔法少女の研修

やる事を全て終え、開放感に充溢する金曜日。基本的に、休日は休むものといのが俺の主義。


4月も下旬を迎えた本日。

俺は研修を受けていた。

副業である、魔法少女に関しての。


問題は、担当の上司が報連相の出来ない性悪妖精というクソ上司な事だが、受けておかないと命に関わりそうだから、背に腹は変えられない。


無論、家にホワイトボードも黒板もないため、スマホによるリモートワークである。


PCでやらないのは、なんとなく仕事をしてる気がして気が進まないという些細な反骨精神である。


既に時刻は22:30。

夜の帷も降り、ベッドサイドライトの仄かな灯りだけを付け、リモートワーク用のアプリを起動する。


ちなみに、さすがに脳に話しかけられるとウザイため、性悪妖精の音声は、スピーカーである。


「えーと、そうだな。まず一也はメランコリアについて何処まで把握しているかな?」

「普通の人には見えない怪物。BL◯ACHの虚みたいなもん」

「うん。BL◯ACHはわからないけど、大体その認識で合ってるよ。ただ、メランコリアには実体化とその前がある。わかりやすく言えば、幼虫とサナギ、成虫だね」

画面共有アプリのようなものが強制的に起動して、ホワイトボードに書かれたコミカルな絵が映し出される。


性悪妖精の言ってることをまとめるとこうだ。


幼虫

これに当たるのが実体化前のメランコリア。基本的に人間に危害を与える事はなく、人の夢を食う事に専念する。実体化していないため、触れる事は出来ず、幽霊のような存在。鏡にも映らない。二回目に戦った虎型のメランコリアがこれに当たる。


サナギ

人の夢を喰って、実体化に備えているメランコリア。基本的に眠っている人の夢に入っているため、こちらから干渉する事はできない。


成虫

実体化したメランコリア。

幼虫の時と姿形は変わらないが、人間を襲うようになる。実態があるため、物体や人間にも影響を及ぼす。初日に俺がなし崩し的に戦った狼型のメランコリアがこれにあたる。


幼虫、サナギ、成虫で共通しているのは、どの時でも普通の人間には姿が見えない事。


個体の強さごとに、実体化に必要な夢の数も違うらしい。


「一説ではメランコリアは夢を喰うということもあってバクと関係があって、悪夢を食べることで人間に憎悪と殺意を抱くようになるんじゃないか、なんて風に言われているね。現在も魔法省と妖精達が共同で研究している最中だけど、詳しい生体はまだ解明されていない」

早口で捲し立てる妖精。

正直、メランコリアの生態について別段興味はないため、サラッと聞き流しておく。


「続いて、一也お待ちかねの魔法少女について説明するね」

星型の瞳でうざったく下手なウインクしながら講義を続けるヨシュア。その顔面をぶん殴りたい衝動に駆られるが、スマホが壊れるので自重して、視線で説明の続きを促す。


「魔法少女も、メランコリアと同じく普通の人間には認知する事が出来ないんだ。霊感の高い人にはメランコリアも魔法少女も見える事があるんだけど、それだけじゃ魔法少女にはなれない。魔法少女としての力を得るには、前提条件として僕達妖精が見えなければいけないんだ」


なるほどわからん。


「長い長い。取り敢えずそこら辺はもう良い。それより、ずっと疑問なんだが、なんで男の俺が魔法少女になれるんだ?」

「さあ? そんなの僕が知りたいよ」

「は?」

「本来僕たち妖精は幼い少女や、魔法少女の才に目覚めた女性にしか視認できない筈なんだ。ただ霊感が強いだけなら、さっきも言った通り、魔法少女とメランコリアしか視認できない。男性でありながら僕たち妖精を視認できる君は、僕ら妖精から見てもイレギュラーなんだよ。というか、君こそ一体何者なんだい?」

「いや、俺に聞かれても…… ただの一般市民の成人男性としか」


「一般男性は魔法少女にはなれないんだけど…… まあいいや。次の説明に映るね」

「もう翌日にしない? お前の話長くて眠いんだけど……」

「君が教えてくれと熱望したんじゃないか! 最後まで付き合ってもらうよ!」

「せめて手短に頼む。もう眠い。あと5分で寝る」

スマホ画面の星型妖精に、あくびしながら眠気アピールを敢行するとため息をつきながら話し始めた。


「じゃあそうだな。最後は魔法少女の基礎能力についてだね。先日君が虎型のメランコリアと戦った際に、回復魔法を使っただろう。あれも、魔法少女の魔法の一種だ。と言っても、正確には僕ら妖精が基礎魔法として体系化したものなんだけど。他にも、自分の周囲に結界を張って、メランコリアを逃げられないようにしたら、身を守ったりもできる」


結界に回復ね。確か前に性悪妖精が魔法少女の基礎能力は防御面に特化していると言ってたけど、どうやらあれは本当らしい。


てっきり、俺を魔法少女に強制入隊させて働かせるための嘘八百だと思ってたが。


「基本的に魔法少女にはそれぞれ武器があって、剣や槍、刀のような武器の魔法少女はデフォルトで身体強化の魔法がかかっている。逆に、杖なんかの魔法特化の魔法少女は他の魔法少女に比べて魔力が膨大だったりする。その分、身体能力は近接型の魔法少女に劣るけどね。弓だったりすると、そのハイブリッドだったり、銃だと種類によって違ったりする」


ふむん。つまるところ、俺の武器は刀、つまり近接型だから魔力増強というより身体能力特化なわけか。ただ、肝心なことをまだ聞けてない。


「で、俺の魔法は?」

「前にも言ったけど、たぶん君のコスチュームのフードに何かあるね。一度魔法を使う感覚を掴んでしまえば、副次的に他の魔法も感覚的に使えるようになったりするから、取り敢えず変身してみよっか? ちなみに、変身する時にキーワードを紡ぐと若干の魔力増強になるんだけど、やらない?」

「お前に見せるのはなんか癪だからやらない。……いやちょっと待て。そもそもどうやって変身するんだ?」

考えてみれば、一度目は無我夢中で自らの体に刀を突き立てたら魔法少女になっていて、二度目は妖精に強制変身させられた。


自分の意思で、変身したことなど一度もないのである。

「ああ。それも知らないのか。一度魔法少女の力に覚醒した以上、必ずキーアイテムがある。君の心の中に、ね」

またもウザ下手ウインクをかましながら、俺の胸を指さす妖精。やっぱ殴ろうかな。


「キーアイテムとか言われても。心当たりが全くないんだが……」

「そんな筈はない! 叫ぶんだ。心の形を! 力は他でもない。君の心の中にある!!」

今度はテンションが暑苦しくウザッたくなり始めた妖精に辟易しながら、目を閉じる。


こういう時、少年漫画の主人公なら力に目覚めたらするものだが、俺は生憎、一市民の一般成人男性だ。


力が溢れて止まらない感覚などわからないし、そういう時期も、もう過ぎたとは思っている。変身後の武器は刀。


キーアイテムがそれを表しているのなら、一番手っ取り早いのは……


確かな手応えを掌に感じ、ゆっくりと瞳を開く。

「おお、マジか」

「それが君の力だよ! 一也! 名付けてバスターウルトラスーパーミラクルハイセンスソードだね!!」

「なんだその小学生の考えたクソダサネームは。別に名前なんていらないだろ。こういうのは無骨だからこそ華があるんだよ」

俺の手に収まる小さな刀型のキーホルダー。男心をくすぐる魔性のオーラを持ち、何故か旅行に出掛けた際のお土産に一部の男子がこぞって求めてしまうアレである。


おそらく探せばどこかの棚に埋もれていそうだが、若干の黒歴史なので探す気は毛頭ない。


最も、良い年してこんなものをまた手にする事になるとは思わなかったが。

「で、これが出たからなんなんだ?」

「それを持って『変身!』と念じればいい。僕としては頭に浮かんだキーワードを紡ぐのをオススメするよ!!」

「だからそれはやらん。『変身』」

念じると、最初の変身の際に感じたのと同じ温かな、それでいて迸るような力の本流が光となって全身を包む。


数瞬後、俺の身体は布団が大きく感じるほど、小さくなっていた。

「痛」

ついでに、変身と同時に腰に下げられた刀の縁が当たり、痛かった。


今回用はないため、なんとか外して、ベッドサイドライトの隣に放置する。


内カメラを起動して、自分の姿を確認すると、そこには普段の自分とは似つかないポニーテールの美少女がいた。


幼い顔立ちの割に、目が細く、どこか寡黙でカッコいい印象を感じる。透き通る様な空色の瞳は、清涼感の中に可憐さを秘めている。


控えめに言ってドストライク。

自分じゃなくソシャゲのキャラだったら、数分に渡って凝視していたかもしれない。

「可愛い。がやっぱりこれが自分なのは解釈違いなんだよなぁ。どうにも受け入れ難い」

「妖精の僕が言うのも何だけど、なんで性別まで変わるんだろうね。わけがわからないや」

知らん。魔法少女の神秘である。

それにしても、やはり見事に俺好みだな。

強いてあげるならもう少し瞳がクリッとしている方が尚


「いつまでも自分の顔に見惚れてないで、早くやるべき事を試してみなよ!」

「……言われなくても分かってるが」

前に指摘された通り、ひとまずフードを被ってみる。が、特になにも変化は見られなかった。


「おい。なにも起きないぞ? 嘘つき妖精」

的外れな指摘をしてくれた妖精に苦言を呈するも、一向に反応がない。否、困惑したような表情で首をブンブンさせている。


「あれ? 電波でも悪いのかな? 一也の姿が急に見えなくなったんだけど? トイレ? それとも寝ちゃった?」

「老眼って、訳でもなさそうだな」

オーディオを切っているわけでもないのに、声も聞こえていないのか。


となると。

「見えてない? のか……」

画面に向けて手を振ったりあっかんべーしたり変顔したり殴る予備動作をしたりしてみるが、妖精の反応は一向に変わらない。


なるほど。

おそらく透明化みたいな魔法だろう。

これは使い勝手が良さそうだ。


効くのが妖精だけじゃなく、魔法少女やメランコリアも対象なら、かなり実用性が高く、戦闘でも間違いなく優位に立ち回れるだろう。


「一也! 講義の途中でいきなりいなくなるなんてどういうことだい! 説明してもらうよ! って、いないじゃん!!」

痺れを切らしたのか、ヨシュアが部屋に不法侵入してきた。初めて直に姿を見たが、想像通り暑苦しくてウザい星形のぬいぐるみだった。


あとうるさい。

けど、しばらく泳がせてみるのも面白いかもしれない。こいつにはなにかと神経を逆撫でされているし。


俺は慣れない体でポニーテールを外し、抗議しながら部屋を飛び回り、俺を見つけようと躍起になっている妖精を尻目に、布団をかぶって瞼を閉じるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

副業に、魔法少女やってます。 RAKE @Rake20021122

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画