Acte 3-2

 受付でチケットを渡し、差し入れを所定の場所に持っていく。部員たちへの激励の花や菓子の入った袋が並ぶ長テーブルの上に、遥香宛てのメッセージカードがテープで貼り付けられた花束を見つけた。


 ピンクに咲いたバラが三本。送り主は亮も知っている男の名前だった。有原成平。遥香の彼氏、この世で一番目障りな名前である。クソッ、なんでこいつが、こんな時に限って、ピンクのバラって気障くせえ高校生のくせに馬鹿かこいつ、クソッ、クソ……胸の奥にくすぶっていた残り火がちりちりと疼いてくる。苛立ちの煙が目の前を覆う。せっかく遥香に出会えたのに。せっかく誘ってもらえたのに。せっかくわざわざここまで来たのに。せっかく、せっかく、クソックソッ……ああもうこれ以上考えるまい。演奏会へのワクワク感が台無しだ。黒い煙を吐き出す苛立ちにしっかりと蓋をして、暴れる気持ちを抑え込む。


 ホールに入ってすぐの通路に近い場所に座った。会場はまだ明るいが、吉野は小柄な体を椅子に深々と埋めて目を瞑り、寝る態勢に準備万端である。

「もう寝るのか」

「いいじゃん別に。ニフルハイム帝国との死闘で朝五時まで戦ってたんだよ。しばしの休息をさせてくれ」


 どこだそれ、と疑問に思ったが、大方ゲームの話だろうということは察しがついた。吉野は生粋のゲームマニアで、将来はeスポーツで生計を立てるとか宣言しているよく分からんやつだが、ゲームであれ何であれ、ふざけることなく本気でしようとしているところには好感が持てている。


「なあ、篠原って中学で吹奏楽してたの」と友人は尋ねてきた。目のシャッターは下りたままだ。

「うん、オーボエ吹いてた」

 手元のパンフレットに目を遣った。フルートソロを吹く人は亮の全く知らない名前だ。

「オーボエ? オーボエってどんなんだっけ」

「木管楽器で、黒くて細長くてクラリネットと形は似てるけど、リードが二枚合わせで付いていて、ダブルリードっていうやつで……」

「ああ、そこまで教えてくれんでもいいよ、どうせ分からんし」眉が歪んでシャッターが薄く開けられる。「しっかし、よくそんなのしてたな。吹奏楽って大概女ばっかじゃん」

「まあな。部員三十八人中、男三人だけだった」

「マジで。ハーレム感すげえな」

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