Acte 2-1
七歳、いや八歳のときである。父に連れられて行ったコンサートの記憶は、管や弦から襲いかかられる無数の音符が夜空に放たれた星辰の煌めきの如く、彼の瞼の裏の暗闇に幾つもの光となって残されている。バイオリンは幻想的な夢を語るベガのように。チェロは重厚な物語を奏でるアルタイルのように。或いは曲の中心を貫くオルガンは北極星ポラリスの姿となりて。
東京随一の繁華街に在るコンサートホールである。人と車の吐き出すガスに埋もれた狭い空に瞬くような星などどこにあろう。それでも彼には見えている。けたたましく鳴るオルガンの十六分音符が記憶の星を揺らしている。現実と虚構の狭間でロマンチシズムな彼の空想はいつも生きている。
だからきっとこれだっていつもの妄想の延長なのだろう、彼はこの状況を打破するためそう思うことにした。そうじゃないとどうやっても今ある自分に説明が付かない。
目の前に広がる一面の真っ白な世界。
亮は手足をだらりと伸ばし、地面に背を付けて空をぼんやりと眺めていた。見えるのは白い霧に色を奪われた空だけである。太陽も、雲も、羽ばたく鳥も、自分自身の姿さえも全ての形と色が霧に呑まれている。水気を含む霧の白。白、白、とにかく周りが全て白い。こういうのをニュースで見たことがある。豪雪地帯の冬の景色、雪が囂々と吹雪いて周囲が全て霞んでしまうホワイトアウトというものだっけ。ここでは雪は降っていないようだけれども。第一全然寒くない。寒さというものを感じない。
地面がうねり身体が大きく斜めに傾き、背中がドンと強く突き上げられた。地面の下から川の流れるような音がしていて、これを察するにどうやら水辺の上で寝ているようである。耳元に届く小波の曲は水の妖精たちが囁くようにこそばゆい。その囁きを邪魔するように、床下から弾けた波のぶつかる音が何度もした。
ゆっくりと上半身を起こす。ここは――舟?
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