第28話 真相

 たくさんの馬が走る音とともに、ハンスクロークを呼ぶ声が近付いてくる。

「副隊長~!!」

 そっと、抱き寄せられて、マントに包みこまれた。ハンスクロークの体温と鼓動が伝わってくる。

「副隊長~!! ここでしたか!! あれ? 副隊長?? これって……」

 駆けつけてきたビルは、氷付けになった男を指差している。

「あぁ、俺だ」

「うぇええ! 副隊長、魔法使えたんですか?」

 ハンスクロークは、片方の口角をあげてニヤリと笑った。

「いつまでも、昔のことを気にしていても、仕方ないだろ? それに、マリーが、何度も詠唱を聞かせてくれたからな」

 愛おしそうに頬を撫でられて、ビクッと驚いたら笑われてしまった。

「副隊長、詠唱文句を忘れていたわけではないんですよね~。ってか、黒猫さん、そこにいるんですか?」

 ビルが覗き込んでくる気配がする。ハンスクロークはビルに背中を向けるように移動して、マントで隠すように包み込まれた。

「はぁ? 忘れているわけないだろ? 助けたくて必死だったんだ! 変なこと言わせるな! さぁ、さぁ、マリーは被害者だ。怪我しているし、座らせてやりたいんだがな」

 早く仕事に戻れとでも言いたげだ。

「わかりました。すぐに手配します」

 足音が遠ざかる。

「ビル! 毛布もだ」

 勢いよく返事をしたビルは、次々に指示を出していく。




 「凍え死ぬ~」と泣き言を言っていた男二人が、縛り上げられている。


「あなたですね。マルコというのは」

 その声に驚いてマントから顔を出すと、アルバードが冷めた顔でマルコを見下ろしていた。

「あんた、誰?」

「警ら隊8班班長のアルバードです」

 エリアナの元旦那だと伝わったようだ。

「はっ、家庭を壊されたって、文句を言いに来たのか?」

 バカにするようなマルコの態度にも、アルバードは余裕の表情を崩さない。

「そんなこと、どうでもいいんですよ。あなたがいなくても、いつかは破綻していたでしょうからね。それよりも、どれだけの善良な市民を不幸にすれば、気が済むのですか?」

「知らねぇよ!」

 面白くなさそうに、吐き捨てた。

「あなたは、自分の欲を満たすために、たくさんの人を不幸にしたんです」

 違法薬物で、人生を壊してしまった人。もしかしたら、それにヘクターやエリアナも含まれるのかもしれない。


「アルバード。そいつらの護送を頼む」

 違法薬物の捜査は、元はと言えばアルバードの班の管轄だ。だからこそ、マルコのターゲットにされてしまったのだから。

 指示を出されたアルバードは、すぐにハンスクロークのほうを向く。

「わかりました。マリーベルさん。副隊長が嫌になったら、いつでも言ってくださいね」

「ふん。馬鹿なことを言うな」


 「やめろ!」とか、「はなせ!」とか、大声をあげて暴れている二人を、隊員と共に檻のついた馬車に向かって引きずっていく。



「副隊長。倉庫の持ち主がわかりました。倉庫番に来てもらったんですが、ちょっとお時間いいですか?」

 ビルに連れられて来たのは、身長も高く筋肉質な男だった。

「副隊長さんですか!? 俺は、バーンドっていいます。ここいら一帯の倉庫を管理していますが、今回は、なんでしょうか?」

「お前は、マルコという男を知っているか?」

「誰ですか? 知りませんよ。最近は、踏んだり蹴ったりなんですよ。倉庫には奇妙な落書きをされるし、怪しい連中がうろついていて、荷運びとは小競り合いを起こすし」


 落書き??

 倉庫で見た落書きが頭に浮かぶ。


「あの、ハンスさん。マルコはポールと名乗って事務所にやってきたんですが、そのときの話は、落書きをされて困っているということでした。その落書きが、大きな三日月と小さな太陽のもので・・」

「そう、それです! その落書きです。ゾッとする落書きだったんで、すぐに塗り直してしまいましたが」


 ゴードンに教えてもらった倉庫番の名前とも、一致する。


「マルコは、自分が倉庫番だと言っていました。落書きは、マルコの、自作自演だったのではないでしょうか?」

「そんなときから、マリーを狙っていたのか」


「バーンド、ご苦労だった。何かあれば、また協力してくれ。ビル! そろそろ、いいか?」

 そういうと、マリーベルを馬車にのせる。


「ビル! アルバード! 本部に戻ったら、ディーンに話を聞け。多少手荒なことなら、しても構わん」

 どこかに隠した違法薬物を探し出して、処分してしまわないとならない。


「アルバードさんが適任だと思いますよ。ぼくは、ヘクターさんにも聞いておきますね」

「私は、ビルさんの方が適任だと思いますけどね。副隊長に害をなすとわかれば、悪魔のようになりますからね」

 マリーベルは、『悪魔』という言葉に、思わず同意しそうになった。意外にもビルは、爽やかな笑顔のまま、辛辣な言葉をはくのだ。

「アルバードさんには敵いませんよ~。ここは年長者のアルバードさんに譲ります」

「いつ私が、悪魔のように豹変しますか? それに、私のことを年長者と思っているとは意外でしたね。あなたの頭の上に乗っているずれた帽子は、とても年長者を敬っているようには思えませんからね」

 二人で、ディーンの聴取を押し付けあっている。

「お前ら、二人で行ってこい!!」


「あぁ、副隊長。こちらのことは、お気になさらず。黒猫さんを送ってきてくださいね」

 二人は、言い争いを続けながら、檻つきの馬車を走らせて警ら隊本部に戻っていった。


 ハンスクロークが冷酷無情といわれる理由が、ビルにもあるのではないかと思っている。物腰は柔らかいのに、なかなか辛辣なのだ。ビルが怒ったときの言葉には、鋭利な刃物くらいの鋭さと冷たさがある。

 その辛辣さに何度か助けてもらったが、言葉を向けられた人からしたら、ゾッとするような恐ろしさがあるだろう。

 その恐ろしさが、上司であるハンスクロークのものだと勘違いされてもおかしくはないと、マリーベルは思い始めていた。



 マリーベルを乗せた馬車が、ガタガタと走りだす。

 向かいに座ったハンスクロークが、手を差し出してきた。

「確かめてみるか?」

 すぐに、魔力の相性のことだとわかった。


 魔力の相性は、時間によって変わらないと思うのだが……。


 マリーベルは、おずおずと手袋をとって、ハンスクロークの手の上に重ねた。

 大きな手に包み込まれる。

 擦り傷になっているところを見つけられてしまう。ハンスクロークは顔を曇らせた。

「マリー。巻き込んでしまって、本当にすまなかった。仲間がいることはわかっていたんだ。最低でも一人はいると。マリーがヘクターを尾行していたときに、ヘクターは男と話したと言っていただろ? あの男が、取引場所をヘクターに伝えていた。容姿から、その男がマルコだと思う」


 あとで、ヘクターに確認をとるらしい。

 ヘクターと話していた男の特徴は、細身で長身、黒髪で整った顔立ち。

 髪色ならカツラでいくらでも変えられる。


「私も、あの後ろ姿は、マルコだったんだと思います」

「まさか、警ら隊を脅迫するために、マリーに目を付けるとは思わなかった」


「大丈夫です。私も少し軽薄でした。もう少し慎重にならないといけませんね」

「マリーは仕事のとき、手袋を外していてもいいかもしれないな。まぁ、意外と不便ではないぞ」


 手袋の意味がないくらい、魔力の多いハンスクロークが言うのだから、そうなのかもしれない。

「ふふふ。そうします」

 仕事相手に触れる必要はないのだから。手袋をしていなければ、自衛くらいできるはず。


「今回は、本当にすまなかった」

「いえ。ハンスさんが助けに来てくれて、嬉しかったです」

 喧嘩中だったし、助けに来てくれるとは思わなかった。それに、このどさくさで仲直りできてよかった。


「マリーを助けに行くのは、当たり前だろ?」

「そうでした。ハンスさんは警ら隊ですもんね」

 警ら隊は、市民を守る味方なのだ。


「そ、そうだが、警ら隊としてだけじゃなくて、俺が早くマリーを助けたかったんだ」

 青い瞳に見つめられて、口をつぐむ。

「マリー」

 低く優しい声が、こそばゆい。

「魔力の相性がいいとか、そんなこととは関係なく、いや、魔力が反発しないってわかって、どれだけ嬉しかったか」

 嬉しそうに目を細めて、マリーベルの手に視線を落とした。握られた手を、優しく撫でられる。

「あぁ~、とにかく! 俺は、ずっと前から、マリーのことが好きだったんだ。だから、あいつの手を取ろうとしているマリーを見つけて、頭に血が上ってしまった。ただの嫉妬だ。本当に、みっともない」

 視線を上げたハンスクロークと、まっすぐに目があった。

「マリー。俺と共に生きてくれたら嬉しい。いや、すまないが、マリーがいないと生きていけない」


 ちょっと、重すぎる……。

 そう思ったものの、やっと気がついた自分の気持ち。

 伝えるのなら、今だろう。


「ハンスさん。私も、ハンスさんのことを好きになってしまったようです」

 まだまだ、自覚したばかりだけれど。

「本当か?」

 嬉しそうに前のめりになるハンスクロークに、少し体を引く。

「た、たぶん」

「たぶん??」


「あの、好きかな~って思ったんで」

 低い落ち着いた声で聞かれて、つい、横を向いて誤魔化してしまった。

(この期に及んで、私の意気地無し!!)


 馬車がガタンと音を立てて、止まる。

「マリー、ついたぞ」

 ハンスクロークに手助けされながら馬車を降りる。

 事務所の中まで送ってくれたら、

「絶対に鍵はかけるんだぞ」

と、何度も念押しされた。


「じゃあ、仕事に戻る」

 キュッと抱き締められ、顎を持ち上げられると、ハンスクロークの青い瞳に引き込まれる。

 そのまま見入っていると、おでこに優しく口付けが落とされたので、瞳を閉じた。その優しい感覚は頬に移動し、控えめに唇に触れた。

 その暖かくふわりとした心地よさに、ハンスクロークの服をきゅっと握る。


「好きだ」

 耳元で呟いたハンスクロークは、名残惜しそうに離れると仕事に戻っていった。

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