第27話 拘束

 届けられた手紙に目を通し始めると、見たこともない険しい顔になった副隊長は、手紙を机に勢いよく叩きつけて、警ら隊本部から出ていった。

 残されたビルは、手紙を拾いあげる。封筒に書かれた差出人が目に入った。

『マリーベル』


 こんなことなら、昨日の朝、無理矢理にでも二人を仲直りさせておくべきだったかと、後悔する。


 黒猫さんと食事に行くと機嫌よく出掛けていった副隊長が、ご飯を済ませたとは思えない早さで戻ってきた。出掛けるまでの機嫌のよさが一転、ビルでも声をかけることを躊躇うくらいの不機嫌さになっていた。探りをいれてみても、何があったのか聞き出すことはできなかった。


 封筒から便箋を取り出して広げる。一読すると、血の気が引いた。


『黒猫魔法探偵事務所のマリーベルは、預かった。無事に返してほしければ、倉庫街に来い。ただし、ハンスクロークが一人で来ること』


 差出人の『マリーベル』は、確実に副隊長に手紙を届けるために書かれたもの。実際には、黒猫さんが送ったものではない。

 相手の思惑通り、副隊長は届いた途端に封を開けて中を確認すると、すぐさま飛び出していった。


 倉庫街とは広すぎるが、最近の騒ぎはすべて東で起こっている。

 持ち前の判断力で、東と決めると、次々に指示を飛ばし始めた。


(副隊長。黒猫さんは、任せましたよ)





「マリーに何をした!!」

 馬から飛び降り、駆け寄りながらの叫び声は、焦燥に満ちていた。

 慌てて飛び出してきたのか、ビルさえも連れていない。 

 来てくれたこと、自分のために怒ってくれたことが嬉しいと思う反面、こんなことに巻き込んでしまって申し訳ない。


 小柄な男は、短剣を持った腕を目一杯伸ばし、ハンスクロークを威嚇している。ハンスクロークが、腰の剣を抜くと後退り、「それ以上、近付くなぁ!!」と、情けなく声を裏返らせると、マリーベルに短剣を突き付けた。


「何って、見た通りだよ。逃げようとするから、少し痛め付けてやっただけだよ。そこを動くなよ。この通り、ちゃんと対策をしているからね。触っても大丈夫なんだよね」

 マルコは、手袋をした手をヒラヒラさせて見せたと思ったら、マリーベルのブラウスの襟に手を掛けて引っ張った。ブチッと一番上のボタンがとれて、胸元がはだける。


「やめろ!!」

 ハンスクロークが剣を構えて一歩踏み出すと、小柄な男が悲鳴を上げながら、ナイフをマリーベルの首に押し付ける。

「ふははっ!! 無事に返してほしかったら、それ以上、一歩も近付くなよ。俺だって、好きでこんなことをしている訳じゃないんだ。副隊長さんには、やってもらわないとならないことが、あるからね」

 マリーベルの首もとに指を滑らせながら、口角を引き上げて気味の悪い笑みを浮かべた。

 首を絞めることを楽しんでいるかのようだ。

 マリーベルの顔がひきつった。


「何をすればいいんだ??」

 怒気を含んだ声に、血の気が引いていく。

 マリーベルが巻き込まれなければ、こんな状況にはならなかったはず。地面を睨み付けていた。


「さっすが~、副隊長さんは、話が早くて、いいねぇ~。ディーンって知ってるだろ? あいつが、俺たちの持ち物をどこかに隠したまんま、逮捕されちゃったからね。俺たちの取り分は返してもらわないと。どこに隠したか聞いてきてくれないかな?」


「お前たちの持ち物??」

「そう。大事なものだよ」


 さっきは「ぶつ」と、言っていたではないか。

「違法薬物です!!」

 マリーベルの叫びに、マルコの手に力がこもる。ギリギリと首が絞められていく。

「余計なことを言ったら、ダメだろ?」

 首への痛みと苦しさで暴れるが、やっぱり効果がない。小柄な男が持つナイフが、頬に食い込み血が滲む。


「やめろ!! マリーを離せ!!」

 ハンスクロークが、剣を構えて飛び出したのを見て、首を掴む力が緩んだ。

「カハッ!! ゴホッ!!」

 小柄な男から奪い取ったナイフを、首に突き付けられた。

「危ない、危ない。下がってくれるかな? ホントに強気だね~。残念だなぁ~。魔法使いじゃなきゃ、俺の女にしてやったのに」


 肩を押さえつけられ身動きは取れないし、首筋には冷たい感覚がするし、本当にどうしたらいいのだろう?


「マリー!! くそっ!!」

 せめてもの抵抗で、マルコを睨み付けた。


「あぁ、ヤバい。ヤバい。このままじゃあ、殺してしまいそうだよ。死なせたくなければ、早く、隠し場所を聞いてきた方がいいんじゃないかい? それと、その剣は仕舞ってもらえる? 魔法が使えない代わりに、剣の腕はいいって知っているんだよね。不利なもので戦う気はないからね」


 捕まれた肩が痛い。首にナイフを突き付けられたまま、ジリジリとハンスクロークから離れるように移動させられた。


「くそっ!!」

 握り直したナイフの先が、マリーベルの顔の前で、狙いを定めるように上下している。

「早くしまってくれないかな?」

 ナイフの切っ先が、目前に迫っている。

「失明させちゃおっか?」


「やめろ!!」

 焦りを含んだ声と乱暴に納刀する音が聞こえた。ハンスクロークは、手袋をとる。


「ふははは。剣の代わりに魔法か?? 残念だねぇ。はったりにも使えないよ。冷酷無情のハンスクロークは、魔法が使えないんだから!! ふっはっはっはっは!!!」


 バカにした笑い声に腹がたつ。ハンスクロークが魔法を使えなくなった理由は、大切な人を守るためだったのに。


 マルコは魔法を恐れている。いつものように、一節詠唱するだけでも効果はあるはず。


「ハンスさ・・」

 マルコの手のひらが口を覆う。

「なにを言うんだい? 君は黙らせておかないとね。大人しくしていてもらわないと、気を失っていてもらうしかなくなるね~」

 手のひらを振り払おうと首を動かすが、「大人しくしてろ」と、逆に押さえつけられる。


「マリーを離せ!!」

「とぼけたのかい? 早く隠し場所を聞いてくれば、まぁ、離してやらないでもないけどね。でも、急がないと、殺してしまうかも」


「ディーンが素直に言うとは思えないが」

 マルコは、手のひらをマリーベルの口から離し、ハンスクロークのほうを見る。

「そこは、副隊長さんなら、なんとでもなるでしょ。刑を軽くするとかいえば、彼なら話すんじゃないかな? それとも、拷問するとか? 副隊長さんなら得意でしょ~」


「仲間ではないのか?」

「仲間~?? あいつが先に商品を盗んだんだぞ!」

 商品とは、違法薬物だ。それを考えたら、マルコに渡すことなどできないだろう。

 それでなくとも、ハンスクロークは警ら隊副隊長の立場がある。犯罪者に手を貸すことなどできない。


 マリーベルが、この状況を何とかできれば!!


 ハンスクロークにマルコが魔法を怖がっていることを伝えられれば!!

「恒久のときを巡る 希望と安穏よ

 自然の理を・・・」


 バチィーン!!!

 マルコに平手打ちをされて、早口での詠唱が止まる。

 口の中に、鉄の味が広がった。


「マリー!!」

「詠唱はやめてくれるかな? 得体が知れなくて、恐ろしいんだよね」


 ジンジンする頬には構わず、じっとハンスクロークを見つめる。ハンスクロークが口を開いた。


 落ち着く低い声での、詠唱が聞こえる。

「恒久のときを巡る 希望と安穏よ」


 いつもは、この辺で詠唱が止まってしまう。

「残念だなぁ~。お前の詠唱は怖くない」


「自然の理をまげんため 我が魔力を代償とす」


 続いた!!あと少し!!

「あぁ?? はったりか??」


「パゴーシスの名のもとに 凍てつく枷となりて捕らえよ」


「はぁ? やめろ!!」

 マルコが振りかぶったナイフが、マリーベルに向かってくる。


「拘束!!」


 パキッっと音がなったかと思うと、パキパキと音を立てながら、氷が足元から出現する。マルコともう一人の男の膝まで覆いつくし、さらに上に延びていく。ぶ厚い氷が胸の回りにまとわりついて、腕まで覆った。

 マリーベルの目の前で、ナイフの切っ先が止まる。瞬く間の出来事だった。


「い、冷た!! おい!! マルコ!! こいつは、魔法が使えないって!!」

「俺のせいにするな!! お前も、確認しただろ??」


 動けなくなったマルコの腕から逃れると、どっと痛みと恐怖が襲ってくる。


 マルコの目的は、マリーベルを利用し、あわよくば、自分の仲間にしようとしていた。

 マルコと話すことを怒った、ハンスクロークが正しかった。


 迷惑をかけた。ハンスクロークに顔向けができない。

 助けてもらったお礼を言ったら、家に帰ろう。

 一歩踏み出したら、ふらついた。


「マリー!!」

 ハンスクロークにガバッと抱き締められる。

「大丈夫か?? あぁ、怪我をしている。首にも、痛々しい指のあとが!! あいつ!!」

「だ、大丈夫です」

「大丈夫じゃないだろ??」

 抱き締める腕に力が入って、

「いっ!!」

「す、すまない。ちょっと待ってろ」

 剣を器用に使って、腕を縛っているロープを切ってくれた。

「あぁ、ここも痣になっている」

 マリーベルの腕を撫でる指が、くすぐったい。

「ハンスさん。大丈夫です」

「巻き込んでしまって、すまない」

 もう一度抱き締められた。

「いえ、私の方が、ハンスさんを巻き込んでしまったような?」

 「何を言っているんだ」と、優しく髪をすく。頭を撫でられているみたいだ。

「マリーは、警ら隊の事件に巻き込まれたんだ。すまなかった」

 抱き締められて、マントのなかに、すっぽり入ってしまった。

「マリーが無事で、本当によかった」

 ハンスクロークを見あげると、目があった。青い瞳から、目が離せない。

 頬をそっと撫でられて、優しくおでこに口づけをされた。


「へ?? えっ!!?


 えぇえええぇ~!!


 ハンスさん!! 手袋!!


 あの!! だって、その、魔力!!」

 魔法を使うために手袋をはずしたまま! それだけじゃない! 唇で直接触れられたのに、反発が起きない!


 それって!!


 頭に浮かんだ言葉を、必死で否定する。


「マリーは、気づいていなかったのか?? 黒猫のときに、素手で掴んでいたんだがな」


 黒猫のときと言ったら、ハンスクロークと初めて話したあのときだ。


「へ?? ハンスさんは、気づいていたんですか??」


「気づいていたも何も、マリーも気がついているもんだと」


 全然、気がついていなかった……。黒猫の姿で捕まったときには、驚き慌てていたのだ。それと、ちょっとお酒に酔っていた。


 だから、肩に触れたり腰に腕を回したり、近いところに座ってきた・・・。

 思い出すだけで、顔に血が上る。


「あの、その、ハンスさん!」

「なんだ?」

 優しい声とともに、髪の中に手を入れてきて、マリーベルが逃げないように後頭部を押さえると、もう一度、おでこに口づけを落とす。柔らかい感触に、体が熱くなる。おでこから離れると、今度は右の頬に!!


「お前ら!! ここで、いちゃつくな!! くそっ!!」


「ふっ」

 ハンスクロークは、マルコのイラついた声に鼻を鳴らした。

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