第26話 告白と豹変

 明るい茶髪を後ろに流すようにセットして、長い睫を伏せた姿は、いい家柄の若旦那のようだった。これで倉庫番をしているというのだから、人は見かけによらないものである。


 マリーベルが近づくと、踏みしめる砂利の音で気がついたようだ。

「あぁ、マリーベルさん。会えて良かった」

「どうされたんですか?」

 ポールの倉庫から、たった今、帰ってきたばかりだ。マリーベルがいたときには、落書きや抉じ開けの跡など無かった。


「実は、相談したいことがありまして……。見に来て欲しいものがあるんです」

「今、ポールさんの倉庫の方を見てきたんです」

「えぇ!! 見てきたんですか?」

「この前の、落書きが気になって。でも、変なところはなかったと思うんですけど」

「あぁ~っと。……この前の倉庫とは、別の倉庫なんです」

 一人の倉庫番が、いくつかの倉庫をまとめて管理していることはよくある。

「落書きですか? じゃあ、着替えた方がいいかしら?」

 落書きなら、変身魔法を使えるように、ポンチョと巻きスカート、その下に変身スーツという服装で出掛けたい。

「あぁ、着替えなど必要ないかと。マリーベルさんの意見を伺って、その後で依頼を出すか決めてもいいですか?」

「それは、もちろんです」

 依頼を出してもらえるのなら、ありがたい。


「よかった。マリーベルさん。お願いします」

 心底ホッとしたように胸を撫で下ろす。

 海の方へ向かい、東の方へ曲がる。倉庫番は近くの倉庫をまとめて管理しているはずなので、落書きのあった倉庫の近くのはずだ。

 狭い道を右に曲がる。


「マリーベルさん」


 マリーベルが、ついさっきまでいた通りに入っていく。不審に思っていると、真剣な声で名前を呼ばれた。

 ポールの方をみると、まっすぐに見つめられる。

「マリーベルさん。僕と触れあってみませんか?」

 そう言いながら、手を差し出してきた。

「痛い思いをさせてしまうと思いますので、やめましょう」


 この前は、試せば諦めると思って実行し、ハンスクロークを怒らせてしまった。口説き文句として使っているのなら、マリーベルはハッキリとした態度を取るべきなのだ。

 両手に力を入れてグッと握る。


 ポールは爽やかな笑顔で、一歩近づいてきた。マリーベルは、一歩後ずさる。

「反発したとしても構いません。あなたの魔力まで愛します。あなたのことが好きなのです。私と、共に歩んでくれませんか?」

 手袋をしているマリーベルの手を引っ張り、自分の方へ引き寄せる。

 マリーベルを包み込むように抱きしめた。


「やめてください」

 マリーベルは、両手でポールの胸を押す。

「あなたのことを愛しています。魔法使いだとか、そんなことは関係なく。私の隣にいてくれませんか?」


 ポールの言葉に、気持ちが揺らぎそうになる。

 魔法使いでも構わない。触れられなくても構わない。そんなことを言ってくれる人、今までいなかった。

 自分の気持ちに気がついていなければ、こんな甘い蜜のような囁きに、無条件で頷いてしまったかもしれない。


「やめてください」

 ポールの胸を、もう一度押し返した。

 びくともしないどころか、ぎゅっと強く抱き締められる。

「あなたも私のことが好きなはずですよ。倉庫を見に行ったと言っていましたが、倉庫ではなく、私のことが気になっていたのではないのですか?」

 そんなことはないはずだ。心の中で呟くが、断言されると自分の行動に自信が持てなくなった。


「あなたには、寂しい思いをさせません。私と一緒にいてください」


 今まで、寂しかった。親にも見放された。師匠は優しくしてくれたけど、一人立ちの時間はやってきた。これからも、ずっと一人。

 それなら、私を好きと言ってくれる人と……。


 グラリと気持ちが傾きかける。


 魅力的な言葉だけれど、何とか踏みとどまる。

 始めて自覚した、自分の気持ちに嘘はつけない。


 この告白を断ってしまったら、魔法使いのマリーベルを好きだと言ってくれる人は、二度と出てこないかもしれない。それでも、今までの生活と変わらないだけ。友達もいるし、頼ってくれる人もいるのだからと、友人たちの顔を思い返す。


「ごめんなさい。ポールさんの気持ちには答えられません」

「あなたのことを、こんなに愛しているのに?」

「ごめんなさい」



「そうですか。それは残念ですね」


 ポールさんの胸を押し返すが、離れてくれない。


「では、取引をしようか?」

 腕を捻りあげられる。後ろに回されて掴まれた両腕が痛い。

「おっと、手袋は外さないで。魔法なんて恐ろしいもの、見たくないんだから」

 今までの甘く囁きかける声色から、冷たいものに変わっていた。


 手袋を外せないように、腕の位置を変えられてしまう。

「さっきまでの、言葉はなんだったんですか?」

 愛してると言ってくれたのは……。


「そんなの嘘に決まっているだろう。寂しがり屋の魔法使いを騙して、俺の手足として使えるのなら、愛を囁いてもいいと思っただけだよ」


 寂しい思いはさせないというポールの言葉は、マリーベルを手駒として使うための甘い罠?

 優しい言葉に、気持ちが揺れたのに、全て嘘?


 気持ちを弄ばれたことに、涙が滲んだ。


「へぇ~。泣くんだ。手下は嫌みたいだから、対等に扱ってやろうか。ビジネスパートナーとして、付き合おうよ。君ほど有用なビジネスパートナーはいないと思うんだよね。優良な市民として生活していて、警ら隊にも知り合いがいる。いざというときは魔法が使えて、黒猫に化けられるから潜入にももってこいだ」

 ポールは、マリーベルに何をやらせたいのか……。

 嫌な予感がする……。


 マリーベルは、ポールを睨み付けた。

「おぉっと、そんな怖い顔はしないでくれよ。報酬は支払うんだ。うまくやってくれれば、目が飛び出るほどの金額になる。依頼の内容は、気にならないの?」

「お断りします」

「面白くないなぁ~。魔法探偵への依頼だよ。君は、どんな依頼でも受け付けてくれるって評判だったのに。それこそ、荷運びの仕事まで手伝ってやるんだろ? それより、ず~っと、いいお金になるよ」

 真っ当な依頼ではないと思う。犯罪の片棒は担ぎたくない。

「お断りします」

「断れる立場なのかな?」


「いつっ!!」

 後ろ手に回られた腕を捻られた。


「痛いかい? ふっははっ!! ビジネスパートナーとして、末永~く、付き合おうよ。君だって、魔法使い。親にも見捨てられたんだろ? 俺が、仲間になってやるよ」

「嫌で、いたっ!!」

 すべて言い終わる前に、足を蹴られた。


 マリーベルが心のなかに寂しさを押し殺しているのを、無理矢理あばいて抉ってくる。

 涙が出そうになると同時に、少しムッとした。


「そんなに虚勢を張らなくても、ねぇ。独りは寂しいよ~。そうだなぁ~。内容を聞けば、やる気になってくれるかもしれないしね。っていうか、君にしかできないんだよね。君がやってくれないんなら、少々手荒な真似をしないとならなくてね」

 そう言いながら、ギリギリと腕を捻り上げる。

「どうだろう? 簡単な仕事だよ。君は、警ら隊副隊長のハンスクロークと知り合いだろ? ハンスクロークに取り入って、ディーンが隠し持っているぶつの場所を聞いてくるだけなんだ。ハンスクロークは君のことをずいぶん気に入っているようだからね。君にならできるだろ?」


 ポールには二人で歩いているところを目撃されているが、そのあと喧嘩をしたことまでは知られていない。

 おそらく、嫌われてしまっているというのに。


「できません」


「せっかくかわいい顔をしているんだから、うまく使えばいいんだ。男なんて、気分よくしてやれば、イチコロだろ? むこうだって、魔法使い。寂しさを埋めてやれば、君の言いなりだよ」


 そんな不誠実なこと、マリーベルにはできない。それに、ハンスクロークが、そんな安易な手に引っ掛かるとは思えない。

「できません」


「おい! 埒があかない。もう、その女はいい」

 建物の影から、もう一人男が出てきた。小柄で足を引きずっていて、左頬に大きな傷がある。

「もう手紙は持たせた」

「なんだぁ~。せっかちだなぁ」

 手に持っていたロープで、マリーベルの腕を縛っていく。何重にも、何重にも、手袋が脱げないように縛られてしまった。


「残念だなぁ~。この子なら、他の仕事でも使い道があると思ったんだけどな~」

 マリーベルは乱暴に突き飛ばされて、地面に転がった。頬を少し擦ってしまったようでジンジンと痛む。その間に、ポールは、ポケットから手袋を取り出して、自分の手にはめた。

「さて、お楽しみの時間だね。そうなると、魔法使いなのが、残念だなぁ~。俺が、女にしてやったのに」


 どこかの若旦那かと思うほどの好青年だったポールの顔が、嫌らしく歪んでいる。


 立ち上がろうとしたら、腹を蹴られて地面を転がった。その痛みに、体を曲げて悶絶する。


「君が悪いんだよ。余計なことに首を突っ込むから」

 綺麗に整えていた髪を、ごちゃごちゃと乱した。


 どこかで、見たことが……。


「せっかく、警ら隊班長の出張の日取りを知ることができていたのに、君が俺の情報網を壊してしまったんだよ。ディーンはぶつをどこかに隠したまま逮捕されるし、本当に困っているんだ」

「マルコ!! しゃべりすぎだ!!」


 マルコ……? ポールというのは??


「ふははっ!! 不思議そうな顔をしているね。ポールなんて、ふははは! 偽名だよ」

 バカにしたように、笑い続ける。


 マルコは、エリアナの浮気相手。警ら隊班長というのは、アルバードのこと……。

 アルバード率いる警ら隊8班は、違法薬物の捜査を担当していた。


 少しずつ状況が飲み込めてきた。


 エリアナは、マルコとの逢瀬のために、アルバードが留守にする日、つまり、出張の日取りを伝えてしまっていたということか。

 マリーベルの調査で浮気が明らかになり、アルバードとエリアナは離婚。情報収集に利用できなくなったエリアナを、マルコが捨てた。

 怒鳴り込んできたときの様子からエリアナは、情報を流していたことに気が付いていないのだろう……。


「うるさいなぁ~。どうせ話すんだから、知るのが早いか遅いかだろ?」

 仲間の男を怒鳴り付けると、マリーベルに近づいてきて肩を掴む。

「そろそろ、起きてくれるかい? ハンスクロークが来たら、かわいく悲鳴を上げて、助けを求めてくれるよね?」


 そんなこと言っても、喧嘩してしまったのだ。助けに来るわけがない。


 助けに来てくれたら、嬉しい……?

 嬉しいけど、そんな不確かなものに賭けられない。自分で何とかしないと。


「ハンスさんは、来ませんよ」

 せいぜい、警ら隊の一員として来るくらいだ。


 肩を掴まれて、無理矢理立たせられた。指が食い込んで痛い。そのまま、倉庫の壁に叩きつけられる。

「そんなわけないだろ? あの冷酷無情のハンスクロークが、女と二人きりで歩いていたんだからな~」

 ニヤァ~と歪んだ笑顔にゾクッとする。顎を掴まれて壁に押さえつけられたが、痛む体を動かしてマルコを蹴りつけた。


「痛いなぁ。でも、強い女性は嫌いじゃないよ。ホント、残念だなぁ~。もしハンスクロークが来なければ、君は用なしなんだよ」

 話しているうちに逃げようと踏み出したのだが、すぐに立ち直ったマルコに首を捕まれた。

 強く絞められて、


 い、息ができない!!


 逃れようと暴れるが、腕は縛られていて動かない。足で蹴ろうにもマルコが近すぎる。勢いがつけられないので、たいしたダメージになっていない。


「マルコ!! 殺すなよ。まだ、大事な人質だ」

 首を絞められていた力が弱まり、足りない酸素を補おうと大きく息を吸いこんで、そのまま噎せた。


「カハッ!! ゴホッ!! ゴホッ!!」

  

 涙目でマルコを睨み付けるが、笑われてしまう。

「ふははははっ。いつまで、強気でいられるかな?」


「ハンスさんは来ません。マルコさんは知らないと思いますが、嫌われてしまったんです」


 マルコを蹴ろうとしていた足を踏みつけられて、身動きがとれなくなってしまった。

「この状況から逃れようとして、嘘をついたって無駄だよ。ハンスクロークが来たら、一生懸命媚びて、助けてとお願いするんだよ。あの冷酷無情のハンスクロークを動かさないとならないんだから。君にかかっているんだからね。死にたくなかったら、頑張るんだね」


「恒久のときを巡る 希望と・・」

 顎を押さえつけられて、無理矢理詠唱を止められた。


「はったりだとわかっていても、聞きたくないもんだねぇ~。やめてくれるかい?」


「恒久の・・・」

 少しでも隙ができれば!!


「だから、やめろって言ってんだろ?」

 顎を捕まれたまま、倉庫の壁に頭を叩きつけられた。


「くっ……」


 遠くで馬の蹄の音がする。少しずつ近付いているようだ。

「よかったね。人質としての価値があって」

 マルコが歪んだ笑みを浮かべ、爪音が近付いてくる方向を見た。


「マリー!! 無事か??」

 聞きたかった声がマリーベルの鼓膜を揺らし、自然と涙が溢れた。

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