第25話 独自調査

「よし!」

 小さく呟くと、看板の下の札を『外出中』に変えて、外にでる。


 家でソワソワしていても仕方がない。

 ポールが持ち込んだ倉庫の落書きについて、自分で調べてみようと思う。

 ポールのためというよりは、主には自分のため。

 彼が次の依頼を持ち込んだとき、状況がある程度わかっていれば、すぐに答えられる。一緒に過ごす時間が短ければ、ポールも変なことを言い出さないかもしれない。


 依頼人になるポールに冷たい態度はとれない。彼と一緒にいる時間を、短くするしかなかった。


(夕飯を一緒に食べてしまったのが、失敗だったかしら?)


 太陽は、ほぼ真上。荷運びのゴードン達は、そろそろお昼休憩の時間だ。

 海風が吹き抜けるなか、弁当を掻き込んでいる姿を見つけた。誰かがバカなことを言ったらしく、ガハハという笑い声が響く。


「あれ? 黒猫さん!! どうしたんすか?? 一緒に食いますか!?」

 自分の弁当を指差して、ガハハと笑う。

「黒猫さんだぁ~」

「今日は、なんすか?」

 明るい声が飛び交う。


「あの、ちょっと聞きたいことがあって。ゴードンさんは?」

「あぁ、ゴードーン!! あそこだ」

 教えてくれた人にお礼をいい、言われた方向に向かうと、ゴードンがパンにかぶり付いているところだった。

「むぐ……。ごほ、ごほっ。ど、どうしたんだ?」

 急いで飲み込もうとして詰まってしまったようで、大きな体を丸めて噎せている。

「聞きたいことがあったんです。お食事、続けてくれて大丈夫なんで、お話聞かせてもらえますか」


 モゴモゴしながら頷くゴードンの隣にマリーベルは座った。

「ゴードンさんの知り合いの倉庫で、落書きの被害がないか、教えてほしいんです。噂程度のことでも構わないので」

「ここらの倉庫では聞いてないな~。あぁ、でも、どっかで聞いたな……。ん~。どこだったか……」

 後頭部をバリバリかいて、考えている。

「あぁ、あれだ! 東の方の倉庫で、妙な絵が見つかったってやつだ」


「東……。倉庫番の名前ってわかりますか??」

 ポールの倉庫も、東側。

「えっと、バ・・だったか、ド・・だったか、とにかくガタイのいいやつだ」

 名前も違いそうだが、体格を見間違えるとは思えない。細身のポールとは、違う人物。


 他の倉庫にも、落書きはあった?


 手当たり次第に、落書きをしているのなら、もっとたくさんある気がするんだけど。


「そう、ですか……。もし、ゴードンさんが落書きを見つけてしまったらどうしますか?」

「そうだな~。倉庫番に相談するが、一度きりなら、消してお仕舞いかもしんねぇな。犯人捜しする方が、めんどくせぇ」

「やっぱり、そういうもんなんですね」

 ポールも、大事おおごとにはしたくないと言っていたし、警ら隊に通報すると、逆に時間がかかって大変なのかもしれない。

「あぁ!! でも、黒猫さんならどうだ? 落書きされたばかりなら、匂いで辿れるのか?」

 匂い……。

 塗料の匂い……。

 黒猫になっているとき、絵の具の匂いがわかったことがあった。

「塗料によるかもしれませんが、できるかもしれません」


 だから、ポールは黒猫魔法探偵事務所に来たのか……?


 消してしまったと言っていたが、次があったとしたら、すぐに匂いを辿ったほうがいいのかもしれない。

 そう決めると、少しだけ気が軽くなった。


「他には、倉庫を抉じ開けようとされたりとか、そういった被害は?」

「倉庫ってのはな、何かいいもんが入っている、と思うやつがいるらしい。こじ開けようとするやつが、たまにいるんだよ。ここらの倉庫は、警告音が鳴る魔道具を使っているんじゃないか?」


 マリーベルの事務所の鍵と似たもので、魔道具の鍵がある。鍵の魔法と錠の魔法が一致したら開け締めが出来る仕組みだ。鍵を使わずに開けようとしたら、警告音がなるものを使っているらしい。一番近い倉庫の魔道具を、見せてくれた。


「最近も鳴りましたか?」

「こればっかりは、よく鳴るんでな。酔っぱらいが試しに手をかけただけでも、鳴っちまうんだ。いつのことかわからねぇ~よ」

 倉庫番や荷運びで当番を決め。見回りもしていたはず。


「ありがとうございました」

「いや、黒猫さんが聞いてくるってことは、他でもあったってこととだよな。うちでも気を付けておくさ」


 倉庫街の東側にむかって、海沿いを歩く。


 確か、この辺だったけど……。


 大きな倉庫を通りすぎて、一つ目の角を曲がる。見覚えがあるのかないのか……? マリーベルは首をかしげたまま、次の角を右に曲がった。


 似たような曲がり角が、たくさんある。


 ポールに見せてもらった落書きは、細い道にあったはずと、記憶を辿りながら歩く。


 あのときも、何度も角を曲がった。案内されていたのもあって、はっきり場所がわかっていたわけではない。しかも、ポールさんと、落書きには関係ない話をしていたので、周りをよく見ていたかと言われたら、自信がない。


 こまった。本当にわからない。


 闇雲に探すしかなく、とりあえず角を左に折れたら、目の前が真っ暗になった。

「うをぉ~!! 驚いたな。お嬢さん。こんなところで、一人かい? これからの時間、人通りが減るから、気を付けるんだぞ」


 筋肉質で上背のある男とぶつかりそうになってしまった。倉庫で働く人は、重たいものを運ぶために鍛えられて、体格のいい者が多い。

「すみません。この辺で、落書きのあった倉庫を探しているんです」

「あぁ、あれか? そこの三つ先の倉庫だよ」

「ありがとうございます」

 丁寧にお礼をして、言われた倉庫を目指す。


「こんな感じだったと思うけれど……」

 教えてもらった倉庫なのに、同じ場所だと確信が持てない。この辺の倉庫は似かよっていて、見分けるのは難しかった。

 独り言を言いながら一周してみたものの、落書きは綺麗に消されてしまっていて、まったくわからない。

「たぶん、この辺」

 クンクンと匂いを嗅いでみると、新しい塗料の匂いがしているので、新たに塗り直したようだ。



 たいした収穫はなかった。ポールの倉庫以外でも、落書きはあったということだけだ。

 ゴードンもそうだが、倉庫で働く人たちは、落書きくらい気にしていないようだった。もう、何も起きなければ問題ないと、思い込もうとしていた。

 事務所の前にいる、ポールの姿を見るまでは。

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