第24話 新しい出発

 白いフリルのついたブラウスに、モスグリーンのフレアスカート。髪は綺麗に櫛をいれ、薄く紅を引いた。

 今日、警ら隊の仕事が終わる頃に、ハンスクロークに会いに行く決意を固めた。

 どう謝ったらいいのかは、まだわかっていない。

 昨日、家に帰ってくると依頼の手紙が来ていて、そのまま仕事に行ってしまった。考える時間も十分とれず、あまりいい案は浮かんでいない。


 フローラの言うように、ポールさんと仲が良さそうに見えて怒ったのだとしても、自分からそれを謝るのは変だと思う。

  『ポールさんと仲良くしてしまって、ごめんなさい』って謝るのか? ハンスクロークがマリーベルのことを好きだと決めつけているようで、 そんなこと言えない。恋人ではないのだし、逆に、ただの友人、もしかしたら知り合いくらいに思われているかもしれない。

 もともと距離感の近い人だし、心配性で怒りっぽいのだ。


 でも、マリーベルは今の複雑な気持ちのままではいられない。どんな顔でマリーベルを迎えてくれるかわからないが、とにかくハンスクロークに会いに行こうと決めた。

 嫌われているのなら、仕方のないこと。それがわかれば、少しは気持ちの整理がつく。


 事務所の中を歩き回って、窓の前で足を止め、意味もなく外を見る。日の光に目を細めて窓からはなれると、ソファーに腰を下ろして、すぐに立ち上がった。

 会いに行くのは夕方だというのに、朝からソワソワしてしまって落ち着かない。


「あぁ!! 会ったら、何て言えばいいのかしら??」


 マリーベルは頭を抱えるが、大きな独り言に答える人はいない。


 コン、コン。


 控えめなドアノッカーの音に、急いで返事をした。


(仕事よ、仕事!)


 頬をペチッと叩いて気合いを入れドアを開けると、少しやつれた様子のアンナが立っていた。

 事務所に招き入れると、

「黒猫さんにはお世話になったから、これ、お口に合うといいんだけれど」

と、包みを手渡される。

 隙間から確認すると、焼きたてのパンだった。

「ありがとうございます。いい匂い……」

 アンナは嬉しそうに笑う。

「私ね、仕事をしようと思っているの。紹介所に行く途中よ」

 魔法探偵への依頼として来たわけではなく、報告に来てくれたらしい。

「黒猫さんには、迷惑かけちゃったから、そのお詫びも兼ねてね。私、夫が出てくるまで待っていようと思うの」


 アンナの夫であるへクターは、違法薬物取引の現行犯で警ら隊に捕らえられている。彼は、自分のやっていたことに対して、謝罪の言葉を口にし、警ら隊の捜査に協力していた。


「彼が、悪いことをしたことはわかっているわ。私たち家族に楽をさせたかったって、そんな理由であんなことしてしまったと、謝られてしまったわ。私は、あの人の稼ぎで十分だったのに」

 アンナは目を潤ませた。

「あの人にとって家族が大切だったのと同じように、私にとって、あの人が大切な家族であることも間違いないのよ。少し、別れることも考えたわ。でも、彼のいない生活なんて、考えられなくて……。いつ出てくるかわからないけれど、それまで息子達と待っていようって決めたの」

 だから、仕事を探している。へクターの代わりに家を支えるためには、収入が必要だから。


 へクターが違法薬物を売り付けた人も、次々に捕まっている。彼が売り付けたのは、中流階級以上の人が多く、危険性を認識してるのに、購入した人たちだ。

 だから、罪が軽くなるというわけではないし、心証がよくなるというわけでもないのだが。

 逆に、一緒に捕まったディーンは、心証が悪い。危険性を認識していたのかわからない人たちにも、売り付けていた。間接的にではあるが、メアリーの父親の薬物使用にも関わっているかもしれない。


 マリーベルは、へクターにもディーンにも腹が立つ気持ちはあったが、アンナには関係ない。


 へクターが捕らえられたと聞いたときにも、マリーベルを心配してくれた。気丈に振る舞っていた、アンナの青白い顔を覚えている。

 アンナには、幸せでいてもらいたい。それにはへクターが牢から出られた方がいいのだろう。


「黒猫さんに、依頼するきっかけになった、マフラーとカフスね。あれ、上流家庭へ入るために必要だったんですって」

 女の影を疑うきっかけとなった、質のよいマフラーとカフスのことだ。上流階級の客に違法薬物を届けるために、出入りしても違和感のない服装が必要だったのだろう。


「あの人も、ちゃんと償うって言っているの。警ら隊の方も、色々気にかけてくれて、ちゃんとへクターを待っていようって思えたわ」

 優しげに微笑んだアンナの瞳には、決意の色が見てとれた。

「黒猫さんにも、本当にお世話になったわね。困ったときには頼ってもいいって思えただけで、心強かったもの。ふふふ。私にも、できる仕事があったらいいのだけれど」


 職業紹介所へ行けば、何かしらの仕事はあるはず。選り好みしなければ、アンナでも働けるはずだ。


 アンナは、見送るマリーベルにもう一度お礼をいうと、職業紹介所の方へ向かっていった。

 その後ろ姿が、凛としていて、とても綺麗だった。


 アンナは、へクターが罪を償って出てくることを待っている。罪を犯してしまったからとか、それだけで嫌いになったり、離婚したりというわけではない。もちろん、人それぞれの考え方によるだろうが。


 アンナとへクターは素敵な夫婦だと思った。


 魔法使いだから、嫌われる。魔法使いだから、好かれない。そんな風に思わなくても、いいのかもしれない。


 マリーベルは、事務所のソファーに身を預けるようにして座り、天井をみた。ハンスクロークと二人でご飯を食べたときと同じところに座っている。そのときには右側に、ハンスクロークの体温を感じた。


「また、楽しくお話しできたらいいのにな」

 名前で呼んでくれたらドキドキする。うっすら感じる体温も幸せで離れがたくなってしまう。


(私、きっと、ハンスさんのこと、好きなんだわ)

 ハンスクロークの気持ちはわからないが、自分の気持ちには、素直になろうと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る