第20話 居酒屋デート

 鏡の前で一回転して、おかしなところがないか確認する。

 膝下のスカートがヒラリと舞って、腰につけられた大きなリボンが靡く。

 髪は一部を編んで、毛先をリボンでまとめたら、他の部分は丁寧に櫛でとく。

 紅をひいてから、鏡に向かって微笑んで見せた。


(大丈夫かしら? 少しでも、可愛く見えたらいいんだけれど)

 もう一度、鏡を覗き込み、口角をあげて頬を両手で挟む。

(う~ん。少しでも、可愛くなりたいじゃない?)


 小さなポーチにハンカチなどを詰め込んで、いつもは履かないヒールの靴を履いた。


 事務所の看板下に、『営業は終了しました』の札をかけると、魔力鍵をかける。

 空を仰ぐと、西に傾き始めた太陽が、暖かい光を放っていた。

「少し、早すぎたかしら?」

 仕事が終わった後に、ハンスクロークと居酒屋に行く約束をしているのだ。

 二人で並んで歩いて、同じテーブルでご飯を食べる。お酒をちょこっと飲んじゃおうかしら。そう考えるだけで笑みがこぼれた。


(私、こんなに早く支度して、すごく楽しみにしているみたいよね)

 そう思うと、急に恥ずかしく感じる。やはり、事務所のなかで待っていた方がいいんじゃないかと、悩みながらぐるぐると歩き回る。


「マリーベルさん、素敵な装いですね」

 顔を上げると、優しそうな茶色い瞳と目があった。

「ポールさん。何かありましたか? 今日は、事務所を閉めてしまったんですが……」

 話くらいなら、聞く時間があるかもしれない。

「いえ。依頼ではないんです。あの気味が悪い落書きは、昨日、消しました。今日はたまたま近くを通りかかったんです。素敵な女性がいると思って、足を止めてしまいました」

 この前もそうだが、ポールは女性を誉めるのが上手い。整った顔をしているので、女性に人気があるのだろうなと、他人事のように考える。

「ところで、マリーベルさん。手袋を外して、私の手に触れてくれませんか?」

 驚いて、手をじっと見てしまう。

「バチッとなると思うので」

 痛い思いをさせてしまう。

「反発しても構いません。相性は、確かめてみないとわからないではありませんか?」

 確かめる意味が、わからないのだが……。

「大丈夫です。手袋をとって、ここに手をのせてください」

 手のひらを差し出してくる。


(どうしたら、いいのかしら? …………どうせ反発するのだし、ぱっと触って、それで終わりにした方がいいかしら?)


「どうぞ」

 ポールは、優しそうに瞳を細めた。


 手袋を片方外して、

 恐る恐るポールの手のひらに重ねようと……。


「マリーベル?? 何をしているんだ??」

 足音を立てて近づいてきたハンスクロークが、マリーベルの腕を掴んだ。

 ポールを鋭い視線で睨み付ける。

「悪いが、先約があってな。今日は、お引き取り願おう」

 怒気を含んだ一段と低い声に、空気までビリビリと緊張する。

「チッ!! マリーベルさん。では、また改めて」

 ポールは優しい笑顔を浮かべ、去り際に耳元に顔を寄せて、「ゆっくり会いましょう」と言い残した。

 隣からビリビリとした緊張感が伝わってきて、ハンスクロークの顔が見れない。

「マリー、何をしていたんだ?」

 手袋をはめながら、心のなかでは文句をいう。

(どうせバチってなるんだし、そうしたらポールさんだって、煩いことは言わないはずよ。ハンスさんは、タイミングよく現れすぎよ)

「マリー??」

 目を合わせないようにしていたら、ガシッと肩を捕まれて、ハンスクロークと向き合う形になった。

 顔だけそっぽを向いて、ハンスクロークを見ないようにする。

「マリー! 何故、彼の手をとろうとしていたんだ? あいつとは、そんな仲なのか??」

「仕事相手です」

「だたの仕事相手が、魔力の相性を確かめようとするなんて、おかしいだろ?」

 肩をつかむ手に、力が入って痛い。


 少しずつ、何故怒られているのかと、腹が立ってきた。

(ハンスさんは、私の恋人でも伴侶でもないのだから、こんなふうに怒るのは、おかしいんじゃないかしら?)


「彼は、明らかにマリーを口説いていただろ?」


(そんなわけないわ。私は魔法使いだもの。魔力が反発して、近づいてこなくなるのよ)

 ハンスクロークを見上げて、少し首をかしげる。

「魔法使いを口説く人なんて、いないわ」

 ハンスクロークは、悔しそうな顔をした。


「君は、自分の魅力に気づくべきだ」

(魅力なんてあるわけないじゃない。魔法使いだもの)


 ハンスクロークは魔法使いとはいえ、マリーベルとは状況が全然違う。警ら隊の副隊長という、権威のある職に就いている。それに加えて、その美貌であれば、魔法使いだというハードルがあっても、恋人が見つかる可能性は高い。


「魅力なんてあるわけないのよ。考えすぎではありませんか?」

「マリーが無防備過ぎるんだ!!」

(何故、ハンスさんが怒るのよ!!)


「あなたには、関係ありません!!」

 ハンスクロークを正面から見て睨み付けると、肩を振り払って事務所に駆け込んだ。


(なんで、あんなに怒られないとならないの!? ハンスさんのこと、優しい人だと思っていたのに)


 振り払ったときの、ハンスクロークの悲しそうな顔が頭にちらつく。肩を掴まれたことは少し怖かったが、その大きな手の感覚が残っている。

 事務所の奥までずんずんと進むと、シャワーのバルブを捻った。暖かいお湯を頭から浴びながら、ポロポロとこぼれ落ちる涙に、気づかないふりをした。

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