第17話 警ら隊本部

 容赦なく降り続ける雨から守るように、メアリーを傍に引き寄せて、傘のなかにいれる。この厳しい状況に立ち向かおうとしているメアリーを、少しでも守ってあげたい。

 やっとの思いで警ら隊本部につくと、受付は空いていた。

 濡れそぼった二人を一瞥した若い隊員は、面倒そうに口を開いた。

「その濡れた服で、座らないでくださいね」

 スカートの裾や袖から、ポタポタと水滴が滴り落ちていた。

「ハンスクロークさんか、ビルさんっていらっしゃいますか?」

 ハンスクロークの名前が出た途端に、見下すような態度になる。

「副隊長ですか? 最近、訪ねてくる女性が多いんですよね~」

 受付の男性は、カウンターに頬杖をついた。

「では、ビルさんはいらっしゃいますか?」

 マリーベルとメアリーを交互に見て、ため息をついた。

「ビルさんから、取り入ろうとしても無駄だと思いますけどね~」

 ビルであれば、話くらいはしてくれるらしい。副隊長室に入っていったのが見えた。




「あぁ~!! 黒猫さん、どうしたんですか?? あれ? この子は??」

 出てきたビルは、満面の笑みで駆け寄ってくる。斜めに被った帽子からはみ出た柔らかそうな金髪が、ぴょこっと跳ねていた。

 受付は驚いたようだが、何かあったら頼れと言ったのは、ハンスクロークなのだ。


「あの、実は、相談があって……」

「ちょっと待ってください。副隊長の部屋で聞きますよ」


「本当に、副隊長の知り合いだったんですね……」

 顔色の悪い受付に、ビルが微笑みかける。

「もしかして、黒猫さんを追い返そうとしました?? 副隊長に殺されないといいですね」

「ひぃ~!!」

 優しげな笑顔からは考えられないほどの辛辣な言葉に、受付の隊員だけではなく、マリーベルも驚いた。

「冗談ですよ。黒猫さんが風邪でも引いたら、本当に殺されると思いますけどね」

 慌ててタオルを差し出してくれた受付の隊員だが、マリーベルはそれを断った。

 悲しそうに肩を落とす受付の前で、魔法の詠唱をはじめる。

「恒久のときを巡る 希望と安穏よ ・・・・


 乾燥!」

 メアリーの服を乾かしてあげ、自分の服も乾かした。


「色々、お気遣いありがとうございます」

 マリーベルが頭を下げると、受付の隊員は驚くほど縮み上がった。不思議に思ったが、ビルが副隊長室の扉を開けて手招きしている。


 マリーベルの顔をみたハンスクロークが、優しげに目を細めたが、手を繋いでいるメアリーを視界にとらえると、訝しげに眉を寄せた。

「僕、お茶を用意しますよ!!」

 出ていきそうになったビルを止める。

「あぁ、ちょっと待って!! 急ぎかもしれないんです」

 こうしている間にも、状況が変わってしまうかもしれないのだ。

 マリーベルがメアリーに話すことを躊躇ってしまったから時間がたってしまったのだが、警ら隊に相談すると決まれば話は急いだ方がいい。


 執務机から立ち上がったハンスクロークが、マリーベルの目の前に座って足を組んだ。黒い制服が、長身のハンスクロークによく似合っている。

 マリーベルには格好いいと思えるハンスクロークだが、メアリーには威圧感があったようで、マリーベルにぴったりとくっついてきた。

「この子、メアリーちゃんって言うんですけど。メアリーちゃんの父親を探していて、怪しげな家を見つけたんです。変な匂いがして、中には焦点が合わない人がいたので、ハンスクロークさんにお伝えしなきゃって思ったんです。もしかしたらメアリーちゃんのお父さんも、その中に……」

 そう話している間にビルが地図を広げていて、場所を説明する。

「この辺の治安は、よくないからな」

「人数が必要ですね」

「あぁ、アルバード班を全員召集してくれ。うちの班と、他の班からも、手の空いている人員を集めてくれ。至急だ」

 ビルが部屋を出ていくと、目を腫らしたメアリーに向かって、「大変だったな」と声をかけた。

 再び溢れてきた涙を、マリーベルの服に押し付けて隠している。

「父ちゃん……」




 絶え間なく降り注ぐ雨音が、警ら隊がたてる物音を覆い隠す。

 寄りかかるように建っている両隣も含めて、三軒を取り囲むように警ら隊が包囲した。

 ハンスクロークの隣にはビルが立ち、少し離れたところにアルバードがいる。

 ハンスクロークが手袋をはずした。

「いいか!! ネズミは一匹たりとも、通すな!!」

「おぉぉ!!」

「突入部隊! 行け!!」


 マリーベルがモタモタしている間に、メアリーの父親が建物から出ていてくれれば……。そして、何事もないかのように、ぴょっこり現れてくれれば。

 それとも、あの建物にいると思ったのが、マリーベルの勘違いであれば。

 そんなことを祈っていると、建物の中からピィーィーっと長い笛の音が聞こえた。何らかの犯罪行為が行われていたことを知らせる笛だ。


 メアリーが、マリーベルのスカートをギュッと握ってくっついてきた。


 確信があって警ら隊に通報したのだが、何も確認することなく大人数を動かしたハンスクロークに驚いていた。

 嘘をついていなくてよかったという気持ちと、メアリーの父親が捕まらなければいいと思う気持ちとで、心臓がばくばくする。


 どうか、メアリーの父親が、いませんように。

 ここにいなければ、探し直しになってしまうが、それでもいい。


 建物の中からは、怒号が聞こえてくる。

 数人の男が、飛び出してきた。


「父ちゃん!!」

「捕らえよ!!」


 ハンスクロークの声が、無情に響いた。

 足元が覚束ないものが多く、次々に捕縛されて檻に入れられていく。

 数人の隊員が、捕縛に手一杯になっているところに、一人の小柄な男が荷物をもって、扉から顔を覗かせた。

 小柄で猫背な男は、隙をみて走りだした。

 包囲網の隙間を狙って、ヒョコヒョコと走る。

 近くの隊員は、すでに捕縛した男が暴れ、そちらに集中していて、気づくのが遅くなってしまった。


 逃げられる!!


「恒久のときを巡る 希望と安穏よ

 ・・・」


「拘束!!」

 ハンスクロークも詠唱し始めていたはずなのに、拘束魔法を放ったのは、アルバードだった。


 小柄な男の回りに蔓が出現し、足に絡み付く。胴体部分は、腕ごと絡み付いて、キュッと縮まり男の動きを阻害する。

 蔓に巻き付かれた男は、バランスを崩して豪快に転んだ。

 

 ハンスクロークが舌打ちをし、アルバードが勝ち誇ったような顔をしている。

「重要人物のようだ。丁重に連行しろ」

 アルバードが、部下に命じていた。


 建物の中からも、男女合わせて4人が連れ出された。最後に連れ出された人など、意識が混濁しているようで、意味不明の言葉を叫んでいた。メアリーは、怖かったのだろう。マリーベルに抱きついてきた。




 隠れている人がいないか確認するための人員を残し、ハンスクロークと共にマリーベルとメアリーは、現場を後にした。


「父親はいたか?」

 無言で頷くメアリーに、ハンスクロークは「そうか」と遠くをみる。

「父ちゃん、ころされちゃう?」

「状況によるな。最後の方に出てきた人たちは、厳しいな。初めに出てきたのなら、うまくいけば……」


「いちばん、はじめにでてきたの」

「そうか。それなら、回復する見込みはある。ただ、回復するまでは、長い、長い、自分との戦いだ。娘の存在が力になるだろう。手紙でも書いてやってくれ。渡してやろう」

 メアリーは、泣き腫らした目でハンスクロークを見上げると、

「おにいちゃん、ありがとう」

と、小さな声で呟いた。

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