第13話 行動調査
空を見上げると、どんよりとした曇り空が広がっている。
冬に逆戻りしてしまった冷たい風に、マフラーを少し引き上げ顎を
警ら隊本部に入っても、受付の場所は寒い。順番を待っていると、廊下からビルが歩いてきた。
「あれ~?? 黒猫さん?? どうしたんですか??」
今日もだらしなく制服を着崩して、人懐っこい笑みをうかべている。
「あの、アルバードさんに用事があるんです」
「アルバード班長ですか? 今日は来ているはずですよ」
廊下の奥の方に目線を向ける。
依頼されたことは、警ら隊で報告してくれと言われている。
なかなか終わりそうもない先客の様子を確認すると、
「僕が呼んできますよ」
と、廊下の奥に消えていった。
「マリーベルさん。ありがとうございます」
話を聞くために使用している個室がある。その一室に、招き入れられた。ビルは、走るようにどこかへ行ってしまったので、アルバードを呼んできてくれたことのお礼は言えなかった。
「エリアナさんの行動調査の結果です」
束になった調査書を、テーブルの上に出した。アルバードは、その書類を手に取り一枚づつ捲っていく。
一日目、エリアナの家の前の道にある、ちょっとした段差に、本を片手に座っていた。家の入り口がギリギリ見える位置だ。
午後になり、エリアナが大きなバスケットを持って出てきたので、見つからないように距離をとって尾行を始めた。
屋台の多いところまでいくと、野菜やお肉を少しだけ買い、串焼きや、包み焼きなど、そのまま食卓に並べられそうなものをいくつか購入して戻っていった。
一日目の外出は、その一回だけだった。
二日目、同じく道の途中でエリアナが出てくるのを待っていた。
午前中に出てきたエリアナは、小さなバスケットを持ち、ピンク色のスカートを翻し、弾むような足取りで商店街を通りすぎていく。指輪捜索のときにも通った道を進み、指輪を見つけた家にたどり着いた。
マリーベルはエリアナに見られるわけにはいかないので、これ以上近づけない。
家に入ったのを確認してから事務所に戻ると、黒猫の姿に変身して出直した。
エリアナの入っていった家に、気配を殺して近づいた。絵の具の匂いがきつい部屋には、人の気配がない。
壁沿いを歩いていると、人の気配がする部屋を見つけた。近くの木に登り、窓の中を窺うが、カーテンがかけられていてよく見えない。壁によって耳を押し当てると、男女の声が聞こえているが、何を言っているのかは聞き取れない。
男性の家に入ったというだけでも、報告としては十分かもしれないが、決定的な証拠をおさえたかった。
(早く出てきてくれないと、魔力が切れてしまうわ)
そろそろ出直した方がいいと思い始めた頃、人の気配が移動して、玄関が開く。
二人の声もよく聞き取れるようになった。
家の影から様子を見ていると、抱き合って別れを惜しんでいる。
「次は、いつ会えるのかしら?」
甘えたような声を出す、エリアナ。
「君が会いたくなったら、いつ来てもいいよ」
男の方は、優しげな声をしている。
「本当は、明日にでも来たいのよ」
エリアナは、男に抱きつくと、
「あなたに抱かれると、幸せなの」
と、甘ったるい声を出す。
「君が忙しいんだろ? 時間があるときに来るといいよ」
男は、エリアナの唇に深い口づけを落とす。
「来るときには、手紙で知らせてくれよ」
そういうと、エリアナの背中をそっと押した。
マリーベルがエリアナの後ろをつけ始めると、男は家に戻っていく。
「う~ん。困ったな」
そう、呟いて。
帰りがけに、屋台で食べ物を買ったエリアナは、そのまま家に戻っていった。
次の日、マリーベルはエリアナの浮気相手の家の回りで、聞き込みをしていた。
「この辺に、絵描きさんが住んでいると聞いたのですが」
絵の具の匂いがしたので、絵描きと踏んで聞き込みをしているのだ。絵描きでなければ、聞き込み方法を改めなければならないと思っていたが、そんな心配はいらなかった。
「あぁ、マルコのことかい? あの家に住んでいるんだ。でも、あいつは、女にだらしないから、お嬢ちゃんみたいな美人さんが、一人で訪ねるのはやめた方がいい」
もう一人、近所の住人に聞いたのだが、同じような反応が帰ってきた。
ここまでが、アルバードに報告することだ。
「エリアナの浮気相手は、マルコという絵描きなのですね」
マリーベルが話しているあいだ、目を閉じて耐えるように聞いていた。
「そのようですね」
「ありがとうございます。目が覚めました。……実は、年甲斐もなく、運命の人を見つけたと、舞い上がってしまったんです。もう、この人しかいないと。あまり考えることなく、すぐに結婚を」
アルバードは寂しそうに笑った。
フローラから聞いた劇のような結婚だが、劇の方は、女性も男性のことを一番に考えていたらしい。
魔法使いだって、人間だ。なんだって全て許せてしまうわけではない。想い合っていないと、結婚生活も成り立たないのだ。
「別れようと思っています。彼女を自由にしようと」
寂しそうだが、迷いのない口調だ。
マリーベルが訪ねたときエリアナは、綺麗な家に住んで、美味しいものが食べられることを自慢するように話していた。
きっと、恵まれた生活は手放したくなかったのだろう。
(でも、浮気をしたんだもの。自分のせいよね)
エリアナが謝って許してもらうという未来も可能性としてはあるわけだし、アルバードとエリアナが二人で決めることだ。
「落ち着いたら、また、話を聞いてくれますか?」
「もちろんです。困ったときは、お互い様ですから。御用命は黒猫魔法探偵事務所まで」
マリーベルが笑いかけると、アルバードは涙をうかべながらも微笑んだ。
依頼料を受け取り個室からでると、目の前に仁王立ちのハンスクロークがいて、驚きの声をあげる。
「ど、どうしたのですか?」
「マリー。受ける仕事は考えないとね」
優しげだが、有無を言わせぬ迫力がある。
「彼女は、私の、至って私的な依頼を受けてくれただけですよ」
アルバードは、余裕がある態度を崩さない。
「至って私的なものでしたら、個室に入る必要はないのではありませんか?」
「本来は家に来てもらうべきなのでしょうね。しかし、家では、都合の悪いことでしたので」
そういいながら、アルバードはハンスクロークの横を通りすぎていく。
「家? あなたには、奥さまがいたと思うのですが」
「実は、離婚を考えていましてね。素敵な女性に巡り合えたので、頑張れます」
マリーベルに微笑みかけると、背中を向けて廊下の奥へ消えていった。
「あいつには近づくな」
近づくなと言われても、マリーベルにとっては仕事だ。仕事をしなければ、お金を稼ぐことはできない。
「仕事ですから。私は、魔法探偵なので、依頼料で生活しています。仕事を選り好みすることはできません」
ハンスクロークは、アルバードの消えていった先を睨み付けると、
「少し、外を歩こう」
と、マリーベルの手をとった。
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